右肩下がりのドクターイエロー

なんでもありの日記。ゲーム・アニメ・ネット・妄想の話が多い。記事の半分は冗談で出来てます。

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2013.12.05.Thu

Persona3 Movie #1を見て感じた青春コンプレックス



知ってるかい?
青春のコンプレックスは、恋愛のコンプレックスより重いんだ――。

映画の感想はあんまないです。

Persona3は、P3Pで女主人公がプレイできると聞いてからプレイしたユーザーです。(当時は乙女ゲーどっぷりだったからです。にわかですごめんなさい)
ですがペルソナシリーズは、いわゆる大手RPGとは一線を画すちょっとコア向けお洒落RPGとして、泥臭いオタクの憧れでもあったのです。なんかお洒落。すごくお洒落。お洒落だけど学校が舞台なの?え?よく分からんけどなんかカッチョイイからやりたい!私もお洒落ゲーしたい!願わくばお洒落のおこぼれがほしい!(とまでは考えていませんが)
そういうオタクのお洒落コンプレックスを恐ろしいくらい煽る作品だと、勝手に思っています。いつもながら自論です。

そんなお洒落RPG・Persona3がやっと映像化しました。あんだけ人気があったのに、4が先にテレビアニメ化してあれー?と思ったんですが、4は敷居が低いからテレビで、そこを掴んだら3は映画で!っていう戦略なんでしょうか。
舞台挨拶のレポートを見ても、声優さんがネタにするくらい熱望されいてた映像化でした。ちょっと遅い気もしますが、ここまで来たからできた表現とかもあると思うので、正解だったんじゃないかな?と思います。
内容は、大体ゲームと一緒ですが細かい改変いれつつ、アニメ映画としてわかりやすくまとめてあります。と思いますが、これは(女主人公であっても)ゲームプレイ済みだからかな?はっきり言って感想なんて、あのシーンがアニメに!あのシーンが動いてる!ていうかとりあえずクソイケ主人公が喋って動いてバトルしてるよわーいわーいわーいかっちょいい!っていう喜びに満ち溢れるばかりで内容がありません……。
映像も、引きになるとちょっと危ない時もありますが、キメのシーンではかなり綺麗ですので、ファンのためのアニメ映画ってこうだよねー!って感じでした。

で、見て思ったのが。
Persona3って、ほんと思春期のオタクが描く夢の学園生活そのものだよね……ってことです。
学校の友達と同じ寮に入り学校生活しながら夜の学校で異能バトル、しかも自分は特殊能力付きで皆から頼りにされるって、オタクだったらつい妄想しちゃう学校生活そのものなんですよね。皆、思春期に一度くらいこういう妄想したでしょう、みたいな。
それに気づいた瞬間、自分の中の「青春コンプレックス」が、怖いくらい煽られるのを感じました。
リアルが充実してよーとしてなかろーと、オタクの夢ってのは濃くて重いです。例え現実で並みの青春送ろうが輝かしい業績を上げようが恋愛の経験を積もうが、夢みたいな青春が欲しくて欲しくてたまらなくなる。それに思春期特有の厨二という幻想が加わった瞬間、もう現実では絶対に満たされない青春への渇望となるのです――。と、私は思います。
Persona3ってそれを具現化してしまった恐ろしい作品なんだろうなーと痛感しました。

Persona4をアニメだけで語るには非常に心苦しいですが、厨二成分はPersona3の方が多めですよね。
あの見た目だけでかっちょいい制服、海の上を走るモノレール(影時間では血の色だよ!)、人工島の上に佇む真っ白な学校、ちょっとクラシックな寮、月の満ち欠けと共に進む時間、タロットを元にしたペルソナ、夜の学園での異能バトル、自殺行為をモチーフにした召喚、そして何よりテーマが死!死!死!
俺たちの厨二の願望が詰め込まれつつも、英語歌詞のBGMとキャラデザが厨二特有のダサさと野暮ったさを打ち消してて、なんか「お洒落」なんですよ。厨二なのにお洒落って、もうちょっとこれずるくないですか!?と逆ギレしてしまいそうになるくらい心が掴まれる。
あと、見た目は格好いいし綺麗だけどそれなりに欠点があって、ちょっと人間臭い仲間たちに学校で囲まれて頼りにされるっていうのも、夢ですよねー。ここでポイントなのが学校ですよね。
学校って、日本に住んでれば大体の人は行くと思うんですけど、青春について堂々と語れる人ってどれくらいいるのかなってたまに考えます。や、皆それなりにクラスの人に囲まれて、学校行事をこなして、クラブ活動して、喧嘩したり恋愛したりって文字にするとまるでわくわくするような体験がありそうですが、それら全てを肯定できるかというと、そうでもないかなあと思うんですよ。どんな人にも、学校で肯定できないことってあったと思う。
本当に友達と上手く行っていたか、喧嘩して和解までたどり着いたか、恋愛の結末は幸せなものだったか、仲間と言える人は本当に仲間だったのか、学生は自由と言うけれど、当時はむしろ自由より不自由を多く感じるんじゃないだろうか。やっぱり青春は、楽しいことばかりじゃない。なんて考えてしまいます。
また、青春を語るうえで「恋愛」も大事ですが、私は「仲間」のほうが比重が置かれるんじゃないかと思います。
例えば先生に怒られた時、親と上手くいかなかった時、失恋した時だって、仲間さえいてくれればまた学校が楽しくなる。「青春」を語る上で「仲間」ってすごーく大事だし、仲間がいることで「青春っぽさ」がぐっと演出されますよね。
そういう「仲間と共に過ごす青春」への飽くなき希望とそれが現実には反映されない絶望に、思いを馳せる人は少なくないんじゃないかなーというのが自論です。オタクであるとか関係なく(オタクにはそこに厨二要素が加わるので現実に反映されるわけがないのです)
そんな時、Persona3の世界って、すごく眩しい世界として目に映るんじゃないか、って思うんですよ。学校を卒業してから長い自分が今見ても、もう胸を掴まれるような気分になる。
映画でも再現されていた「ファストフードで仲間と作戦会議」、ってそれだけで私の中の「青春コンプレックス」がぶわっと広がって、庭を壊すかぐや姫ばりに心が乱されて息が苦しくなりました。
これって自分が夢に見ていた青春なんだ、って。現実なんて関係ない、夢の中の青春がある、って。


長くなりました、すみません。
私はP3Pからのユーザーなので、学生時代にPersona3に触れていないんです。でも、今思えば触れてなくて良かったなどと思うのです。もし学生時代にハマってしまっていたら、ゲームの中の青春に夢中になって、戻ってこれなくなっただろうから。
なんて妄想するのは、いまだに青春コンプレックスが治ってないから?
でもね、青春コンプレックスって、きっと一生治らないんだろうと思います。だってもう二度と戻ってこない時間だし、戻したところで夢みたいな青春を、きっと自分は感じられないから。

と、思うので今はP3P再プレイしています。
ちなみに映画の続きは来年初夏だそうです。のんびり待たないとです。
余談ですがまどか⇒かぐや姫と、解釈に困る作品を続けてみたので、Persona3のわかりやすさが良かったなと思いました。
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