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右肩下がりのドクターイエロー

なんでもありの日記。ゲーム・アニメ・ネット・妄想の話が多い。記事の半分は冗談で出来てます。

考えたこと

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2014.07.10.Thu

【停止しました】まことに勝手ながら、メッセージを募集致します。

皆様お元気でしょうか。私は第2波の影響により再び体調が悪化し、何か段々気がおかしくなり「もうどうにでもな~れ☆」になってきています。脳神経の脆弱さと胃腸への関連性が、すごい!!!!
逃げるように艦これやったりはしてるんですけどね。やードはまりドはまり。神通ちゃんと響ちゃんが出てこなくて任務がクリアできないですww
ええと本題に入ります。
どうにもこうにも体調や精神が安定せず、結構苦しい日々を送っておりまして、そんな中、友人に会うと色々と気が紛れたりありがたい言葉をもらったり面白かったり刺激的だったりします。そこで、コメント欄閉じたり今までさんっざんゲームについて文句たれ、ここは私の便所だとか言いふらしてそろそろ天罰くらうレベルなんですが、このブログ見ている方からも、なんかメッセージを頂きたいと思っています。どうも視野が狭くなって、結構生死を分けるレベルのところまで想像したりなんかしちゃったりしているので、私以外の言葉が欲しいと考えています。

というわけでメルフォ作りました。
一応お名前とか地域とかあるんですがメッセージ以外は全て任意です(必須ではないです)。
地域とか年代があるのは、どこらへんのどんな職業の人かなーって参考までに。もちろん嘘入れてもらってOKです!!
ていうか鬱モドキのヤツに何声かければいいねん……とお思いの方は、おすすめのゲームとか、私はこうやって精神病から復活した!とかこうすると悪化すんだぜ!鬱モドキなんか雑魚すぎる!とかこのアニメや本が面白いとか、このお店やお菓子が美味しいとか日常にあった面白い話とかろくでもない同僚の話とかご近所トラブルとか可愛い柴犬の見れるサイトのURLとか、創作小説とか、ぶっちゃけ本当に何でもいいです。この機会に中の人に文句言ってくださるのもOKです。「死ね」とか「お前なんか嫌い」とか「ブログ辞めろ」「ゲームしてないくせにゲームの批判するな」でもいいです。
メールアドレスを入れてもらったうえで返事いるよーって方には、時間はかかると思いますがお返事させて頂きます。
(あんま気の利いたことは言えないと思いますが……。予めすみません)

というわけで件のメルフォはこちら

・右肩下がりのドクターポスト
メルフォへのメッセージありがとうございました!7/11にて停止させて頂きます。また療養に向けのんびりします!

そんなこんなでお気軽に(って無理ですよね……うはは)メッセージくださいませ~。
とりあえず7月末までこの記事一番上に置いておきますが、適当に閉めたり伸ばしたりする予定です。

ここから追記です。
メルフォで設定の失敗があり、申し訳ありませんでした…!直したので多分大丈夫、かと思います。ダメだったらすみませんヽ(;▽;)ノそして、メッセージくださった方のほとんどがお優しい言葉をくださり、本当に感謝しております。
このエントリを書いた日よりは少し落ち着きを取り戻しましたので、近日中に閉じる予定です。早すぎてすみません!!

取り急ぎ謝罪と御礼まで。
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2013.12.05.Thu

Persona3 Movie #1を見て感じた青春コンプレックス



知ってるかい?
青春のコンプレックスは、恋愛のコンプレックスより重いんだ――。

映画の感想はあんまないです。

Persona3は、P3Pで女主人公がプレイできると聞いてからプレイしたユーザーです。(当時は乙女ゲーどっぷりだったからです。にわかですごめんなさい)
ですがペルソナシリーズは、いわゆる大手RPGとは一線を画すちょっとコア向けお洒落RPGとして、泥臭いオタクの憧れでもあったのです。なんかお洒落。すごくお洒落。お洒落だけど学校が舞台なの?え?よく分からんけどなんかカッチョイイからやりたい!私もお洒落ゲーしたい!願わくばお洒落のおこぼれがほしい!(とまでは考えていませんが)
そういうオタクのお洒落コンプレックスを恐ろしいくらい煽る作品だと、勝手に思っています。いつもながら自論です。

そんなお洒落RPG・Persona3がやっと映像化しました。あんだけ人気があったのに、4が先にテレビアニメ化してあれー?と思ったんですが、4は敷居が低いからテレビで、そこを掴んだら3は映画で!っていう戦略なんでしょうか。
舞台挨拶のレポートを見ても、声優さんがネタにするくらい熱望されいてた映像化でした。ちょっと遅い気もしますが、ここまで来たからできた表現とかもあると思うので、正解だったんじゃないかな?と思います。
内容は、大体ゲームと一緒ですが細かい改変いれつつ、アニメ映画としてわかりやすくまとめてあります。と思いますが、これは(女主人公であっても)ゲームプレイ済みだからかな?はっきり言って感想なんて、あのシーンがアニメに!あのシーンが動いてる!ていうかとりあえずクソイケ主人公が喋って動いてバトルしてるよわーいわーいわーいかっちょいい!っていう喜びに満ち溢れるばかりで内容がありません……。
映像も、引きになるとちょっと危ない時もありますが、キメのシーンではかなり綺麗ですので、ファンのためのアニメ映画ってこうだよねー!って感じでした。

で、見て思ったのが。
Persona3って、ほんと思春期のオタクが描く夢の学園生活そのものだよね……ってことです。
学校の友達と同じ寮に入り学校生活しながら夜の学校で異能バトル、しかも自分は特殊能力付きで皆から頼りにされるって、オタクだったらつい妄想しちゃう学校生活そのものなんですよね。皆、思春期に一度くらいこういう妄想したでしょう、みたいな。
それに気づいた瞬間、自分の中の「青春コンプレックス」が、怖いくらい煽られるのを感じました。
リアルが充実してよーとしてなかろーと、オタクの夢ってのは濃くて重いです。例え現実で並みの青春送ろうが輝かしい業績を上げようが恋愛の経験を積もうが、夢みたいな青春が欲しくて欲しくてたまらなくなる。それに思春期特有の厨二という幻想が加わった瞬間、もう現実では絶対に満たされない青春への渇望となるのです――。と、私は思います。
Persona3ってそれを具現化してしまった恐ろしい作品なんだろうなーと痛感しました。

Persona4をアニメだけで語るには非常に心苦しいですが、厨二成分はPersona3の方が多めですよね。
あの見た目だけでかっちょいい制服、海の上を走るモノレール(影時間では血の色だよ!)、人工島の上に佇む真っ白な学校、ちょっとクラシックな寮、月の満ち欠けと共に進む時間、タロットを元にしたペルソナ、夜の学園での異能バトル、自殺行為をモチーフにした召喚、そして何よりテーマが死!死!死!
俺たちの厨二の願望が詰め込まれつつも、英語歌詞のBGMとキャラデザが厨二特有のダサさと野暮ったさを打ち消してて、なんか「お洒落」なんですよ。厨二なのにお洒落って、もうちょっとこれずるくないですか!?と逆ギレしてしまいそうになるくらい心が掴まれる。
あと、見た目は格好いいし綺麗だけどそれなりに欠点があって、ちょっと人間臭い仲間たちに学校で囲まれて頼りにされるっていうのも、夢ですよねー。ここでポイントなのが学校ですよね。
学校って、日本に住んでれば大体の人は行くと思うんですけど、青春について堂々と語れる人ってどれくらいいるのかなってたまに考えます。や、皆それなりにクラスの人に囲まれて、学校行事をこなして、クラブ活動して、喧嘩したり恋愛したりって文字にするとまるでわくわくするような体験がありそうですが、それら全てを肯定できるかというと、そうでもないかなあと思うんですよ。どんな人にも、学校で肯定できないことってあったと思う。
本当に友達と上手く行っていたか、喧嘩して和解までたどり着いたか、恋愛の結末は幸せなものだったか、仲間と言える人は本当に仲間だったのか、学生は自由と言うけれど、当時はむしろ自由より不自由を多く感じるんじゃないだろうか。やっぱり青春は、楽しいことばかりじゃない。なんて考えてしまいます。
また、青春を語るうえで「恋愛」も大事ですが、私は「仲間」のほうが比重が置かれるんじゃないかと思います。
例えば先生に怒られた時、親と上手くいかなかった時、失恋した時だって、仲間さえいてくれればまた学校が楽しくなる。「青春」を語る上で「仲間」ってすごーく大事だし、仲間がいることで「青春っぽさ」がぐっと演出されますよね。
そういう「仲間と共に過ごす青春」への飽くなき希望とそれが現実には反映されない絶望に、思いを馳せる人は少なくないんじゃないかなーというのが自論です。オタクであるとか関係なく(オタクにはそこに厨二要素が加わるので現実に反映されるわけがないのです)
そんな時、Persona3の世界って、すごく眩しい世界として目に映るんじゃないか、って思うんですよ。学校を卒業してから長い自分が今見ても、もう胸を掴まれるような気分になる。
映画でも再現されていた「ファストフードで仲間と作戦会議」、ってそれだけで私の中の「青春コンプレックス」がぶわっと広がって、庭を壊すかぐや姫ばりに心が乱されて息が苦しくなりました。
これって自分が夢に見ていた青春なんだ、って。現実なんて関係ない、夢の中の青春がある、って。


長くなりました、すみません。
私はP3Pからのユーザーなので、学生時代にPersona3に触れていないんです。でも、今思えば触れてなくて良かったなどと思うのです。もし学生時代にハマってしまっていたら、ゲームの中の青春に夢中になって、戻ってこれなくなっただろうから。
なんて妄想するのは、いまだに青春コンプレックスが治ってないから?
でもね、青春コンプレックスって、きっと一生治らないんだろうと思います。だってもう二度と戻ってこない時間だし、戻したところで夢みたいな青春を、きっと自分は感じられないから。

と、思うので今はP3P再プレイしています。
ちなみに映画の続きは来年初夏だそうです。のんびり待たないとです。
余談ですがまどか⇒かぐや姫と、解釈に困る作品を続けてみたので、Persona3のわかりやすさが良かったなと思いました。
2013.06.12.Wed

ときめきタイムカプセル~ブログ一時閉鎖の顛末あるいはRTする時の思考~

【2013/6/6(木):中の人記】
この文章を公の場に出す時、このブログがいつも通りインターネットの片隅に存在していることを願う。

2013年6月4日(火)、3年に差しかかったブログ生活で事件が起きた。
未だかつて経験したことのない、「一時閉鎖」だった。

その日、書き上げたエントリをアップし、しばらく経ってからアクセス解析を覗いた。
何かおかしい。アクセスがいつもより小刻みだ。
驚いた私は、リンク元を確認した。
1位に表示されたのは、「http://t.co」。見覚えのあるこの文字列。Twitterの短縮URLである。
このブログの更新際には自分のTwitterアカウントに連携し更新が通知されるようになっているが、自分のTwitterアカウントには鍵がかけてあり、URLが公開アカウントに流れるはずかない。では何故――。と、思い検索を掛けてみたら、どうやら閲覧者の方が記事の内容を気に入ってくださり公開アカウントから流してくれたようだ。
このような事は実は今まで少なからずあったが、せいぜい5RT程度で停止し、たくさんの人の目に触れることもなくネットのログに埋もれていった。
今回もそんな伸びるわけがないだろうと思い、だが嬉しいのでRTの行く先を眺めていった。
ほとんどの人は無言のままRTしているが、たまにコメントを残してくれる人もいる。RTのあとに何が呟かれているか、見ているのは楽しかった。自分の書いたものに反応が欲しくてたまらなくてブログを運営しているのだ。こんなに嬉しいことはない。
そう思い眺めていて、段々と違和感を覚えてくる。
おかしい。RTが止まらない。それどころか、広がっていく一方だ。一体どこまで流れるんだ。
私はやがて、検索に表示される未読RTの数に恐怖を覚えた。
RT先は純粋なユーザから、作り手の立場の方にまで届いたように見受けられるものさえあり、その内容に嘆く人、怒る人、「中の人」の人格を疑うような内容も目についてきた。本当に嘆いていたか怒っていたかどうかはわからない。本気じゃないかもしれない。どうせ一過性にすぎない。自分に言い聞かせる。
だが、あまりに多くの感情の濁流に、ない肝が冷えた。

もうだめだ。下げよう。

生来の貧弱な心臓があっさりと根をあげ、該当の記事はせいぜい2時間程度で下げられたと思う。だが増加の止まらないアクセスが恐ろしく、そのままブログにはパスをかけ全記事閲覧不可の状態にした。
記事が読めないどころがブログさえ見れない状態に戸惑いの声や心配の連絡まで頂いていたが、なんのことはない、ビビったから閉じただけである。そして、攻撃的なメッセージも頂いていない。
私は、ほっと胸を撫でおろした。
あれ以上RTされていたら、「何か」が来ていたかもしれない。
それを未然に防げただけでも、心臓の動きは、大人しくなった。

大手掲示板サイト「2ちゃんねる」を揶揄して「便所の落書き」などというなら、ここは「自分用の便所の落書き」だ。
「自分用の便所の落書き」として、誰に邪魔されることなく思いついた記事を書き散らかし、たまにくるコメントに喜び、拍手の回数でその時閲覧者は何に興味を持っているか、測るのが楽しかった。何回もコメントくれる常連さんも出来て、遠い友達が出来たような喜びや安心感に浸っていた。
だがやがて、自分用便所は、長い間、常連の方のみに見てもらえる狭いコミュニティ空間になっていたことに気づいた。
該当の記事もいつもの調子、いつもの冗談のつもりで書いた。ウソは書いていない。だが、大した根拠もないのにはっきりとした言及をするのが怖くて、目の滑る文体・ふざけた様相で、あらゆる矛盾を含ませ、「誰かつっこんでくれないかな」「いつもどおり誰も本気にしないよね」と、ほんのり薄い期待を込めて便所の落書きに置いた。
ここで真面目に言及するなんて、御免だからである。
誠実でなんて、いたくなかった。
だが、その不誠実さが誰かの機嫌を損ねたのかもしれないと考えると、ひたすら気が滅入った。アイス食べる元気が萎えた。常連さんから心配され友達からメールをもらい、その心遣いに安心しながら、そこに浸っていた自分を思い返しなんだか気持ちが小さくなった。

そこで、思い出した。私は、この光景に似たものを何度も見たことがある。
例えば、ネットの有名人の所業を取り上げ言及し、その内容があまりに鋭く的を得ているあまり、たくさんのアクセスが集中する光景。普段ひっそりと運営されているブログやサイトが急に有名になり、該当の記事のコメント欄が大荒れに荒れている様。
その内容は同意から賞賛に値されるものが多いが、中には怒りをあらわにしたコメント、嫌味さえふくむものさえある。そのコメントに参って、ブログの管理人が嘆きをあらわにするのも見てきた。
ああ、そうか。
「これ」だったのか。
突然の来訪者に恐れおののき口を閉じてしまうことの恐怖を、自分は実感した。
勿論、自分の元に直接メッセージは来ていない。攻撃もされていない。
でも、一端だけで十分だ。心底そう思った。

今回の連続RTは、発売されたばかりの話題作をやり玉にあげたのが原因だ。「その界隈」では知られていないような作品についてならば同じ内容でも誰の興味も引かなかっただろう。エントリを投稿するタイミング早すぎた。それだけだろうと思う。
そして、あれだけRTされた記事も、Twitterの情報の波にさらされている人々の記憶に残ることもなく、ネットの海に沈んでいく。
それでいい。
それがあるべき姿だ。

今後のことを棚上げにし、このブログは、未だ閉じられたままだ。


※この物語は脚色を加え、いつも通り適当に書き散らかしました。半分以上が冗談で出来ています。
 このエントリ書いた1日後くらいにあっさり解放し、つつがなく運営しております。


ここまで序文です。すいません。この時はさすがにナイーブだったんですよー。ちょっと元気なくなったしね(2時間くらい)。でも、ほんとその後は面白いくらい何もありません。9.9割の人は記事だけ見て帰って行った!みごと!
なんかほんと話題選びでPV数ってどうとでもなるんじゃないかと思うような結果ですね。鉄は熱い内にとは言ったものです。
で、ここから本題。
RTというシステムのすごさ、というか思考の奪いっぷりについてです。
お前何年前の話題だよ散々語りつくされたよって感じですが、私この感動を誰かに伝えたい!(曇りなき眼)
Twitterユーザじゃない方にはつまんない話ですが、RTってのは自分のじゃない発言をそのまま自分のTLに流すこと(?)です。TwitterにはRTボタンというボタンが実装されており、そのボタン1つで発言を自分のフォロワーに見せることが出来ます。「お、この発言面白い」「このリンク見て!」「めっちゃ共感した」「なんだコイツムカつくな」……と、喜怒哀楽様々な気持ちからRTできてしまい、まあなんというか楽な発言システムなんですよね。
と、いうのも私もたまにRTしてて思うのですが。
RTしてる時ってどんな感じでしょうか。おそらくなんですが、反射ですよね。吟味してやることも稀にあると思うんですが、例えば共感した時とかは「わー私の気持ち代弁してくれたよ!」っていうある種の恍惚や同意からつるっとRTすると思います。
RTしてその結果どうなるか、炎上が目に見えていれば躊躇するかもしれませんが、連続してRTされるとはあまり想像していないかもしれません。また、したところでRT元になにか影響があるとは想像しにくいと思います。私も同じです。
でですね、「RTしたいな」と思った発言を、自分の言葉で例として噛み砕く、なんてことはしますでしょうか?
あまりしませんよね。だってRT楽だから。あとそのまま流した方が語弊がない。そういう点からもRTってすごく楽でしょ!
楽でしょってのは皮肉じゃないんです。むしろ心地いいことなんです。だから、RTする。RTすることが癖になってる人もいますよね。逆に「RTばかりの方はミュートします」とか、好まれない部分もあるんですが。
話が逸れた。
ここから私の妄想です。
RTの怖いところは、どんなに思慮深い人でも、リアルではとても深く考える人でも、RTする瞬間には、「考えることを放棄する」傾向にあるんじゃないかと思うんです。ちなみに私はそうです(涙目)
RTすると、自分の気持ちや感情を誰かの言葉に乗っけられるので、なんか自分はスッキリしちゃったりするんですよね。もしくはコメントつきでRTして怒りや悲しみを乗せることでも、ちょっとスッキリする作用もあるんじゃないかと思います……。
RTが良い事か悪いことかという話題ではないですので、この記事読んでもあまり気にしないで頂けると幸い!っていうのは都合が良すぎるので、もしお心あたりがありましたら、リアルやTwitterの外の世界に影響が出ていないかどうかだけ、考えてみるのもいいかもしれません。あんまないと思うんですけれどね。リアルにRTボタンないし(笑)Twitterだけの話でしょう。うん。
影響が出てきてしまうようであれば、もしくはSNSがリアルを凌駕する存在になるようであれば、それは新しい世界が来てしまうってことかもなのです。
いやほんとRTのあのスッキリ感て何なんでしょうね。脳から何が出ているのか……。誰かに解明してほしいです!
2013.06.03.Mon

同人・流行・乙女ゲー・女体化あれこれを、立場の違いから考えようのコーナー

一次創作をしているNL嗜好の友達と、二次創作をしているBL嗜好の私との会話からのあれこれです。脚色して面白そうかなと思うところだけ抜粋してみました。
オタクでも、考え方や嗜好の違う人と話すとかなり脳みそが活性化しますねー。色んな考えを受け止めることが得意でもなんでもないんですが、考えがある程度違うほうが議論が膠着しない気がします。似すぎていたり遠慮があると「まあいっかアハハ~」とか「これ以上やると関係が壊れる!」という緊張状態になります。
まあしかし、誤魔化さずに「なんかそれ違くない?」と言える関係になるのが、まず難しかったりして。

●キャラクタが消費の道具に使われるのは「可哀想」

「最近二次ってどうなの?とらのランキングが黒子から進撃に変わったけど」
「消費が早まってるかなあ。最近は萌えの前借りまでしているね!」
「前借り?」
「Free!なんてアニメ始まってもいないのにオンリーが企画されているんだよ。アニメ見たら寝ないで原稿しろってか。同人作家は早死にするねー」
「それ、皆、原稿間に合うの!?」
「コピー本じゃないかなあ。でなければ頑張って事前情報だけで準備しておくか」
「そんなことするんだ。消費早まりすぎだね」
「本当だよね。でも、私はそれに加担するほうだから」
「……そっかー。しかしなんか、使いまわされているのが、可哀想だね」
「誰が?」
「……キャラクターが」


この会話の時、自分はいまいちピンとこなかったのですが、そういえばキャラクターが使いまわされることは「可哀想」だったんだ、ということを思い出しました。恥ずかしながら、はっきり言って忘れていました。何故かというと、私は二次創作を好み活動し、ジャンル移動に躊躇しない「消費に加担する側」だからです。
実は私もかなり昔は一次をしていたのですが、もうずいぶん前に辞めてしまい、その頃の感覚はほとんど覚えていません。それよりも二次の移り変わりに夢中でそっちのほうばかり気にかけています。しかし一次創作をするからでしょうか、自分の作品に愛着と責任を持っている友達は、自分の立場に置き換えられるもしくはそれを想像できるのかちゃんと「可哀想」だという感覚を持っているのだなあと思いました。
二次を好むから消費に加担するというわけではまったくなく同じ作品をずっと愛し続けている方もいらっしゃいますので一概には言えませんが、スパンの長い一次創作をされる方から見ると二次の消費の回転の速さは「異常」に見えてもおかしくないよなあと感じました。
そして、消費の回転に追いつくことを第一にしていたため、自分が麻痺しきっていることに気づきました。しかしながら自分には作品に執着することに疲れ嫌気が差したという経緯もあるので、今更矯正をかける予定もないのですが……。

●「スペックの高い女子」人気の謎

「最近の乙女ゲの主人公は皆、スペック高いんだよ。イモがいない」
「そういえば!どこの主人公も可愛いし頭いいよね。美少女設定多いし」
「昔みたいに、田舎から出てきたイモ娘のパラを上げて攻略対象落とすっていうのはもう少なくてね……」
「見た目がそこまで良くなくても場を和ませればゴールイン出来るってわけじゃないのかー。何でだろうね」
「うーん、これは憶測なのですが、最近はもはや”スペック高くなければ恋愛のステージに上がれない”という風潮があるからではないでしょうか」
「その考えすごく喪女っぽい!」
「夢の中でまでブサでいたくないんだよ……」
「なんか辛い!」
「でもホラ、皆、テニプリでは桜乃ちゃんあまり好きじゃなかったじゃん亡き者にしてたじゃん……。彼女デザインもダサめだしあまりスペックは高くないしぶっちゃけ蚊帳の外だし。でも桃井はそこそこ人気でしょ?桃井はスペック高いし自分も準キセキから許されるんだよ」
「桃井は可愛くて巨乳で、ちょっとしたたかで、特殊能力を持っている、キセキから一目置かれる存在だからかー」
「ドリの箱としても桃井は理想なんだよ。女の世界にも美少女が必要なんだ」
「世知辛い!でも私も美少女は好きだな」
「わたしもです」


これはもうまんまですが、最近はほんとイモ乙女ゲ主人公が恐ろしいくらいいないですよね、昔はあんなにイモが多かったのに。むしろイモであることに意義を見出すようなエピソードが多かった。(コイツ見た目は平凡だけどときめくな、みたいな)しかしプレイヤの分身である乙女ゲ主人公は可愛くないとイヤ!という意見もあるので、それを堅実に守ってきた結果なのかもしれません。
わたしも正直、あまり可愛くない乙女ゲ主人公というのは見ててテンション上がらない。キャラ付けはあまり強烈にしてくれなくてもいいですが、見た目が可愛いほうが攻略対象とのくっつきスチルとか見た時の嬉しさがかなり違うなと思います。

●何故ドリ主ではなく桃井でもなく、「テツナちゃん」なのか

「黒子のバスケはさ、何であんなに女体化が多いの?テツナちゃん多すぎない?」
「なんでかねえ。テツヤくんが儚いからかしら」
「でも腐女子は男の子だから萌えるんでしょ?何でわざわざ女体化するの?だったらNLで良くない?ドリームとかそれこそスペック高い桃井とかやりようがあるじゃん」
「NLだと中身が女の子だから色々考えちゃうんだよ。腐女子にはそれが辛い」
「考える?」
「読み手が女で主人公が女だと、余計なこと考えるんだよね。”この子モテまくってるけど、実際はどう思ってるのかなあ”とか、”自分がこの立場に立たされたらどうなるのかなあ”とか、考えると楽しめなくなる。女の自意識が邪魔で」
「うーん、たしかにね。後天性はまあわかる。けど先天性のは……?元から女の子だよね?」
「確かに!わかんないね!」


この後どう答えたのか覚えてないのですが、自分であれこれ考えたところ、以下のような結論に至りました。
腐女子はキャラクタやカプも好きだが、同じくらい重要視するのが「恋人に至る前の関係性」で、腐女子達が(私もですが)黒子のバスケで大喜びしたのはひとえに黒子くんをとりまく「関係性」が大きかった(と仮定する)。となると、桃井やドリ主では「関係性」を継続できない。そこで、「関係性」を継続したままNL恋人ごっこさせるためには「先天性の女体化=テツナちゃん」が必要になる。
ていうのは、いかがでしょうか(不安)
女体化大好きっ子からの異論反論お待ちしております☆☆むしろ教えて~って感じですね。

●結婚妊娠出産創作は、「自分マンセー」のため!?

「二次でもたまに見る結婚妊娠出産創作は、何故主婦の方に多いんかね」
「わたしそれ結構地雷なんだよね~」
「わたしもです~」
「でもあるよね。旦那と子供が主人公取り合うみたいな、家庭内ハーレムみたいなの」
「あれも一種のハーレムなんですか……。しかし、主婦の方に多いのは、何故なの?自分が主婦なら結婚に妊娠出産なんて全部済んでるじゃん。創作の中でやる必要あるの?」
「あー、主婦ってのは評価されない存在だから、自分で自分をマンセーしてるんだよ」
「ま、マジですか!?何それ辛い。重い。生きて居たくない……」
「家事なんて出来て当たり前って思われてるからね」
「確かに査定や給料があるわけではないから、評価される機会さえないしね」
「でも、結婚妊娠出産創作を見るのが辛い主婦もいるから」
「自分の人生の焼き直し創作って、見ててしんどいからね……」


はい死んだ!死んだよ!てくらいショックな回答でした。てかこんなあっさり答えをもらってしまってそっちがショックだった。
こちらの会話に限らず主婦の方からは「子づくり創作とかマジ地雷」という声を聴く一方で、そういう創作をされている方を見かけることもあるので不思議だったのです。地雷にも好む方にも理由があるのですね。しかし家庭内ハーレムってのは面白い言葉だなあと思ったしぴったりだなとも思いました。

●女性エロ漫画作家のベースは少女マンガ?

「やっぱりエロ漫画作家でも女性の作る作品がいいね」
「心理描写に力を入れるし、男性をイケメンに描くよねえ」
「汚いオッサンとかはやっぱり描きたくないんだろうか」
「イケメンとの純愛とか、少女マンガみたいなの結構あるしね。でもTLじゃないんだよなあ」
「TLってむしろエロシーン避けてるような描写があるじゃん。そんなにエロ描きたくないのか?とか思うよね」
「ほとんどtelinko描かなかったりするしねえ。エロにリビドーが感じられん。あれらは何のためにあるのか」
「しかしさ、エロ漫画の年間ランキング見ても、結構フッツーの純愛が人気なんだよねえ」
「男性もなんだかんだ純愛が好きだよね。凌辱とかじゃないんだよやっぱり」
「ホムンクルス先生とか大人気だよね」
「そうそう。まあホムンクルス先生は絵がめっちゃ上手いから」
「とにかく綺麗だよねえ。でもエロくはない」
「そうそう。エロくはない。匂い立つようなエロスではないね」
「なんか八宝備仁先生みたいな感じ。フィギュアみたいな体してんだよね」
「あ~確かに!」
「綺麗すぎると、むしろエロくなくなるよね」
「エロスと綺麗さって相反するもので、両立が出来ないんだよね」


エロ描写ってバランスが難しくて、美しく描きすぎるとエロが物足りなくなるんですよ。しかしエロをやりすぎると描写がリアルになって万人には受けなくなる。でも、リアルなエロやニッチなエロが見たい人もいる。エロの世界は本当に属性や画力にかかっていて、それこそ本能レベルで反応する嗜好が作家と合うか合わないかといったシビアな世界です。ほんの少し挑戦的なことをするだけで読者が離れたり信者がついたりする。作家の世界でもえげつないくらい「作家買い」されます。
皆様エロ漫画あんま読まないと思うんですが(私もかなりご無沙汰です。BLエロばっか摂取してる)、探せばイケメンとの純愛が楽しめる作品というのもあります。女性作家ですとほんと少女マンガにエロくっついたみたいな、でも少コミやらTLよりは性描写がちゃんと入った作品とかありますので、よろしければ是非(?)

とりあえずこれくらい!
また思い出したら、どっかで取り上げようかと思います!
2013.05.30.Thu

おもいでは、息苦しき日々

タイトルつなげたらひどいことになった!全体的にひどいエントリです。久々にこういうのが書けてうれしいです。

●商業作品を楽しむことの息苦しさについて
ひどいタイトルですね。ひどいのはわたしなんですけど。
ファタモルガーナの館のサントラを聞いています。段々内容がわかってきました。プレイヤから選ばれた曲をアレンジしたオーケストラ「ファタモルオーケストラ」なんか、聞いていてすっごく感動しますね。やっぱりゲーム中の感動が蘇るというアレを体験できてとても嬉しいなーと思います。
で、心底楽しんでる一方で、アレなんでこんな楽しんでるんだ自分は?と思った時、思い立ったのがゲームの要素(シナリオ・音楽・イラスト)それぞれが素晴らしいんですが結局は総合作品として好きだから楽しいんだなということに思い至ったからです。ゲームして面白くてサントラ買ったってそりゃそうなんですけど、幸いにも、そこに商業的な思惑をキャッチすることがなかった。なので普通に「ゲーム音楽」として楽しめていることに安心してしまったのだろうかと気づいて、結構唖然としました。
商業作品は、ヒットすればグッズが出たりライブがあったり舞台があったり二次展開してもらえてとても楽しいです。私も大好きです。ただ、そこに「この作品を使って他のものも売り上げたい!足掛かりにしたい!」という切なる願いが込められているのが、大半ではないでしょうか。お金が関わってくるので当たり前です。しかし、最近はそれを私が一方的に必要以上に感じる機会があって、作品の恩恵を受けている人、なんとか受けようとしている人、それに関する周囲の反応や、ネガティブとも思える言葉というのを目にする機会もありました。まあ自分から見に行ってただけなので、調べすぎた私が純然たる馬鹿だったというだけですが、それによって疲労が溜まっていたのかなと今更ながら認識しました。
舞台に行ったもののその仕上がりにどこまで寛容になればいいんだろう、とか、ゲームが好きなら音楽も肯定しなきゃならないのか、とか、作っている人の姿勢や、関わっている人の発言をどう受け止めれば私も楽しくなれるのかとか、意識はしていないんですが考えてしまっていたようです。結果、随分と息苦しくなっていました。肯定できないのが辛く、寛容になれない自分に苛立って、自分が何を好きなのか大事にしていたのか忘れかけていた。ただのバカです。すみませんほんとすみません……ここに来るまで気付かなかった。
それで流れに流れて久々に「作品」として好きになれる褒められるゲームをプレイできて、商業では長らく目にする機会のなかった(たまたまでしょうが)クリエイターの拘りを、幸いにも純度の高い状態で触れることができた。(事前情報をあまり入れなかったというだけですが)
私が勝手に感じているのですが、そこに「押しつけがましい」と感じる要素がなかったのです。ただ作りたくて作った、拘りたいから拘った、「総合作品として完成度を高めたかった」。だから私は音楽も絵もゲームの一要素として楽しんでおけばいい、という所で留まれている。それがとても楽だった。楽に楽しめるって、こんなに嬉しいことなんだと、本当に今更思い出しました。
商業作品だって、最初の入口は「作品は好きだ」って気持ちなんです。自分で選んで二次展開を楽しんでその先のものまで見て勝手に疲れたといってれば世話ありません。
やっぱりネット検索野郎というか、あれこれ調べに行って経過観察してしまう癖があるのですが、それで作品を楽しめなくしていることがあるのでなんとかせねばと思いつつ……。
随分前から、萌え豚のくせにいっちょ前に考察もどきしやがってというか、無駄に客観的に評価して自ら作品愛を潰すような真似をしてきたんですが、いまだにその悪癖が治らずすったもんだしているという話でした。
もしかしたら一生このままかもしれません……自滅するしかないのかっ。

●充実した(ように見える)人生-エントリ-とは
うわーもっと嫌なタイトル来た!いや大した話ではないんですけど。
皆様は友達や同僚を羨ましがったりするものでしょうか。まあ、全くしませんて方もいらっしゃらないと思うんですけれど。基本的に人はないものねだりなので、自分にないものを持っている人が羨ましく見えたりするものです。それが、下手に心理的距離が近いと尚更比較してしまって落ち込んだりもするものです。簡単に例えると、子どもの時に感じた「隣の子の点数が自分より高いか低いか気になる」あの現象ですね。なんかこう書くとすごいシンプルな問題に聞こえる。
SNSが普及して自分がいかに充実しているかを演出するのが流行ってから、他人のエントリを見て「私ってなんて薄い人生送ってるの」と思ったり「この人よりマシだ」と安心したり比較することから逃げられないような状態になったかなーと思います。ここでも何度か取り上げているSNS疲れに近いものですね。私も人様のブログはプロアマ問わず見るんですがキラキラした日常をエントリに書いている方とか見るとさぞかし充実しているのかなあって思うんです。しかし、かといってその人と同じように日常のなけなしのキラキラした部分をここに書いたところで自分が充実するかというと「そんなことよりゲームの感想や社会に唾吐くようなエントリを書きたい」と思ってしまうに違いありません。第一、私の日常にキラキラした部分なんかありません。泣いてねえから!!
というか充実したと思ったところでその瞬間がすぐ過去になるから何をもってして充実と定義するのがわからない。充実と忙しいは違いますしね。
なんか自分、めんどくさい奴だな……
ハイ。
声優や芸能人のブログとか見ているとすっごい華やかな日常を送っているなー充実しまくってるなとか思うんですけれど、まあ、それを見せるのが仕事ですよねと冷静になってみたり。激烈に忙しい方は代行会社に代筆してもらってるらしいですし(ウソかホントかは謎ですが、納得してしまう)、華やかなだけではなかろうかなと感じてもしまうのです。生活苦や就職難やうつ病に悩まされる方の日記もありますしね。あと、友達が羨ましいってのも友達だから羨ましいだけで、何かのタイミングで知り合う機会がなければ、羨ましいと思うことさえない運命だったかもしれません。
というわけで比較というのは結構不毛というか続けていくと当人を削るだけの感情なんですけれどかといって辞めるにはどうしたらいいか、という答えにはたどり着きませんでした!
あー、あと言ってしまっても良いでしょうか。これが本論なんですけれど。
本当に満ち足りているのなら、(プロモーション目的以外で)そういう自分を演出したり、人に見せつけるようなことはしなくても平穏無事心穏やかに過ごせるのではないかなと思うのです。

●皆、自分の世界で生きている
皆様、偏見はありますでしょうか。ない人はいないと思います。「常識とは、その人が18歳までに積み重ねた偏見」という言葉?があるくらい、自分の常識というのは偏見で構成されている。
身近でも遠くの人でも、何か1つ恐ろしい思いをするともう二度とそこには近寄りたくないということも少なくないんじゃないでしょうか。
友達の話を聞いていても、皆、たった1つの恐怖体験で色々なものから遠ざかっていることが伺えます。
私はAというジャンルに友達にがいるので、そのことを話題にしようとしたところ、難色を示されたことがあります。「昔、Aというジャンルでトラブルがあり、もう二度と近づきたくないから」という理由で。その後、その友達の前でAというジャンルのことを話題に挙げることは辞めました。また、Bという声優ファンに失礼な態度をとられてから、もうBという声優のファンには近づきたくないとか、Cというカップリングを好きな人には近づきたくないとか、もっと大きい括りで「何か」が駄目になってしまったということをたくさん聞いてきました。たった1つ、たった1人がその固有の世界のマイナスイメージを代表し人を遠ざけるというのも、仕方ないこととはいえ少し歪かもしれないと思います。
例に漏れず、私もあります。人の目が気になって作品の感想が素直に書けなくなった同人サイトでは、肯定的な萌え話と同人情報以外を載せることは辞めました。作品批評したところでいまや閑古のサイトに苦情が来るとも思わないんですが、今更書く気が起きずそういった話題はすべて中の人にアウトソーシングしている次第です。(というか同人関係のことは同人サイトにアウトソーシングしたってほうが正しいかも)
そう思うと、オタクの世界でも価値観や基準というのはあまりに多様で、まずそこを理解するのが仲良くなる一歩?なのかもしれないかなと思います。いわゆる地雷避けというか、何が苦手かを理解するだけで対応が相当変わってきますからね。
多分これは、「牡蠣に当たった」ようなトラウマなのではないかと……。

●三国恋戦記~おもいでがえし
(OP見る)
あっ、予約しちゃった!
て感じでホイホイ予約をしてしまいました。恋戦記は一番最初のPC版しかやっていないのでもう随分前のコンテンツのような気がしますが、まだまだ愛されていますし、何より評価が高かったので移植すればどんどん新規が入っているのかなと。安心して遅ハマリできる珍しい乙女ゲーかな、みたいな。
本編も移植しまくってたのでいずれおもいでがえしも移植するんでしょうけど、自分はやっぱりPCゲが好きだなと思います。気分が盛り上がっちゃって一番好きな子龍のルートだけ本編おさらいしたんですが何だかんだ萌えますね!!EDの師匠との会話とかすごい好きだなーと思いました。(「玄徳様と花殿が崖から落ちそうになったら玄徳様を助けます」ってやつ)にしても惚れた腫れたの話になるまでかなり長いので大丈夫か、と途中で心配になりました。あんな調子で子づくりとかできんのかな……(余計なお世話)
しかしまあ、しばらく三国恋戦記みたいな、話もキャラも萌えもガッツリ楽しめる(プレイ時間も長いよ)みたいな乙女ゲはプレイしていませんね。私が知らないだけでどこかにあるのかな……。教えてエロい人。新作におよび腰になっていったりいまいち盛り上がらないでいると、いわゆる「感性が摩耗した」状態なのかなと思います最近は。深夜アニメ見過ぎで面白く感じられなくなるアレです。そう考えるといつまでも似たようなものが楽しめるというのは、ものすごい強みなのかもしれません。

ところでしらつゆって聞くとお吸い物みたいの想像する。
2013.03.19.Tue

萌えとはどんなものかしら

今日のエントリはやや長く、上がり下がりがあります。

●萌えってなあに?
ずっと萌えるものを探している。という話題はオタクの友達との間で往々に交わされる会話です。
私もなんですが長くオタクしていると色々な作品にハマっては抜けハマっては抜けという繰り返しを経験します。それを死ぬまで繰り返せる人もいますが年を重ねれば「なんかその状態すら疲れる」という涙を誘う展開にぶち当たる人もいます・・・。
そこで思うのです「萌えに出たり入ったりするんじゃなく、もう永続的に何か一つの作品に萌えていたい」と。
オタクの気力体力も年齢と共に最大値が低くなっていくのかもしれませんね・・・。
そこでよく「いま流行ジャンルの〇〇にハマれば楽しいんだろうな」という話題に流れます。〇〇はある時はうたプリだったり黒子のバスケだったり2.5次元コンテンツだったりわかりやすく展開しているものだったりするのですが、手をつけてみたものの肩まで浸かるほどではないとか、ジャンルが巨大すぎると恐ろしくて近づけない等の守りの姿勢もとってしまったりします。経験を重ねるとそういう弊害も起こったりするのですね・・・。
あーアレ流行ってんなー友達もハマってるみたいだし。楽しそうだし。でも私ハマれんのかなー?とかしているうちに旬を過ぎてしまったりなんてこともあります。最近は展開早いですからね。それで周囲はそれぞれ色々萌えているのに自分はどうも最近ハマれてない!なんて軽く葛藤のようなものも抱えてしまったりして、自分の過去の萌えを思い出したりして「あのすばらしい萌えをもう一度!」なんて気持ちが蘇ってきたり。という流れに「あるある」出来る方はそこそこ長いオタク人生を歩まれているのかもしれません。
この「周囲からの取り残され感」もなんともいえないですよね。別に萌えなくとも死ぬまではいかないんですが、なんかハマりたいわーってなる。何か心折れることがあって立ち直れない時に萌えがないと萌えてる友達が羨ましい、みたいな気持ちさえ芽生えてきてしまうかもしれません。萌えについてまで他人と比較してしまう瞬間が訪れるかもしれません。
しかし萌えとは本来、孤独でも成立するものなのです。

語れる相手がいなくとも、喜びを分かち合える仲間がいなくとも、金吸い取っていくだけで会話もしてくれないしご飯も用意してくれない無機物がそこにあるだけで幸せ!それが萌えというものなのです。どこまで言っても一人完結型なんですよね。
孤独のグルメでも、こういう有名な台詞があります。
「モノを食べる時はね誰にも邪魔されず自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ 独りで静かで豊かで・・・」
これは萌えにも通じるんじゃないかなと思いました。
つまり萌えは救い。萌えは自由。本来は独りで静かで豊かなものだったんだよなーと最近色々あって思いました。
と、いうのも私も萌えに行き詰まる経験をしたからです。
ここから原稿話になってしまい申し訳ないのですが・・・
原稿をするという作業は自分の萌えを燃料にひたすら作業をするという状態です。となると、萌えのスタミナがどれだけ持つかという見積もりも必要になってくる。時間やスケジュールの問題もありますが、自分のスタミナを見誤って息切れしてしまい締切までに作品が完成せず新刊落とす、なんてことはざらにあります。萌えを糧にしているのなら尚更。ですので、締切までにどれだけ萌えを保ち続けるかなどということまで私は考えるようにしています。
しかしながら駄目な時は駄目です。落とす時は落とします。ですが萌えが尽きた愛がなくなったなどと嘆くのも何か違うと思うのです。萌えは作品や妄想から供給しますが、一方で仕事や家庭やその他色々なもので削り取られていくもの。供給源は限られているのに、消費する場所は多岐にわたるんですよね。不公平なことに。だから、萌えを気づかないうちに削り取ってしまっていることも多い。気づけば消費していたなんてことは多々あるものではないかなと。
人にもよりますが、萌えは有限かなと思うことはあります。いつ灯が消えてもだれも悪くないし誰も責められない。責を感じてしまうようであれば、それは環境や自意識が許してくれないだけじゃないかなと思ったり。

何でこういうことを考えるかというと自分が今(以前からですが)萌えの運用について考えさらには「萌えとは何ぞや」といらんことまで考え始めたからです。その時たまたま萌えに萌えまくっている方のブログとか感想とか読み一人でも楽しく萌えてる様子を見て、「萌えとは本来こうだよなあ」としみじみしてしまったからです。萌えは誰かから強要されるもんではなくましてや自分が思い込む義務ではないのですよね。

●ミステリアプレイしつつ乙女ウォッチング
原稿の合間にミステリアをプレイしています。今のところいいキャラゲーという感じですがまるっきりキャラゲーというほどお話は崩壊していなくて安心しています。乙女要素も今のところあまり見当たらないんですが、キャラ立てする前に乙女要素をいれられてもうまく反応出来ないタイプなので、キャラをしっかり理解したいなと思います。
最近はときメモイベントのレポがあげられたりときレスがはじまったりオトメイトパーティの情報が展開されたり(何か今年は勿体つけて発表してませんか・・・?そんなことないか)色々あって楽しそうですね~~~羨ましいですね~~って感じです。まさに上記したような状況。中の人も大概諦めが悪いですねゲフ。
いずれにせよ「なんか萌えてて羨ましい」ですね。や、私もBLゲに萌え萌えしているんですがやっぱこう乙女とは種類が違うんですよね。BL萌えも楽しいですが、乙女の、あの、「ピギャーーーーーーー!」みたいなノリもすごく楽しいと知っているので、うう、いいなあみたいな。
あー私はなんでときメモに手を出さなかったのかな~~~(レポを読みながら)
月末には下天×プリンセスアーサーのわくわくどきどき発売日も控えていてなんかもう話題に事欠かないです(そしてまさかの神ゲー展開を期待している。そろそろ神作こいこい!)。そして薄桜鬼が何ちゃらに展開という情報はどうなんでしょう。その際のファンのリアクションも気になります・・・。

●「いいね!」ならぬ「いいな!」
カレー沢先生大好きですみません。今回の負ける技術が心に刺さったもので。

・「負ける技術 #133 I’m happy!」
 http://morningmanga.com/blog/makerugijutsu/

SNSでの「幸せアピール合戦」について書いてあるのですが・・・オタクSNSでも似たようなことは起きてませんでしょうか(笑)いいね!じゃなくていいな!が欲しくて幸せアピールしているっていうのは、なんとも、心が痛いです。いや、幸せなことを幸せと叫んで何も悪くはないのですが、それに承認欲求や自己顕示欲を見出してしまうのも心苦しいですよね。そこまでしてインターネットで満たさなければならない欲求って何なのだろうと考え込んでしまいました。
ちなみに私はmixiは早々に抜けて、Facebookには近づかない、リアルの友達のtwitterはあまり見ないという鉄壁の防御をしているので死角はなかった(震え声)どんだけ心が弱いのかとそっちにショックを受けました。

●ネット上でのなりすましについて
芸能人のなりすましTwitterがたまに問題になりますが、こちら(オタク)側でも出てきたようです。いや、知らないだけで以前からあったのかもしれません。

・黒八氏のなりすまし被害と加害者の不可解な行動
 http://togetter.com/li/470227

まだ途中経過なのでなんとも言えないんですが、ゲームコミカライズを担当され同人もされている作家さんがネット上でなりすまされていたという顛末(の途中)です。ご存知の方も多いかもしれませんが・・・。どこからどこまでが真実なのかというのは、ネットの情報しか見ていない私にはなんともいえないので、人間性とか姿勢とかやり口とか許す許さない論は割愛し、「なりすますほど満たされない心」について考えます。今日のエントリでつらつら書いてきたことのまとめのような気分ですね。なんとなく。憶測や推測が多く事実真実とはかけ離れているかもしれません。予めご了承ください。
素直に考えて、なりすまし行為を行っていた方は、おそらく作家さんが大好きで、憧れていて、羨ましくてなりすましを始めたのかと思います。そしてなりすました結果、ファンやお友達が出来て、きっと、本来の自分では得られないような充足感や快感があったのではないかと。それでなりすましを辞めることができなくなり嘘に嘘を重ねるしかなくなるほど事態が巨大化していったんだなと・・・。
そう考えて、居た堪れないなと思いました。
私もさんざんネットやリアルでの惨めな経験について書いてきましたので、認められない情けなさというのは良く知っています。ただ、どんなに褒められてもどんなに慰められても、他人をうらやむ気持ちがある限りそこから抜け出すことは出来ません。そもそも羨まない・羨むことをやめることが出来なければ、ずっとそのままです。満たされないのは結局自分で、恥ずかしいままなのも自分で、人の威光を借りてもそれはずっと変わらないかなと思います。
最近よく格差社会について考えていましたが、それが公になってしまった事態になっていてい見ていて・・・Oh・・・ってなりました。それがここまで大事になっているのも居た堪れなくなりました。
ネットで情報を発している人は、大小に差はあれど「見てほしい」「わかってほしい」「構ってほしい」という気持ちはあると思います。コメント・拍手受け付けないブログであっても、匿名掲示板であっても、誰かがアクセスできるネット上に置いている以上誰かが見ていてくれているという安心感が欲しいのだと思います。そしてそれは正しいと思います。そこから出会いがあったり発見があったりするので、むしろ肯定すべきことと私は思っています。
長いあいだネットを放浪しているので、私もたいがい構ってちゃんの才能があり、今も昔もきっとこれからもネットで構ってし続けるのだと思います。ツールのせいにするのは良くないのですがネットというのはその構って願望を増長させるシステムに優れていて、情報の端々から自分の自尊心を傷つける要素を見出しかねません。そこと折り合いをつけなければ、ネットに居続けることさえ困難になっていくのかなあと思いました。
「人と比べることなく、自分なりの幸せを見つけましょう」だなんて、とても言えないですね。
「独りで静かで豊か」でいることは、出来ない人にとっては本当に困難なんだと、嫌な読後感で終わらせようと思います。同人誌ではいい読後感を目指しているので、その反動ということで。

なんだか最後はしんみりしてしまいましたが、締切も桜も待ってくれません。時間に限りはあるので、萌えも桜もご利用は計画的に。
2013.02.28.Thu

衰退化が止まらない美少女ゲーム業界のアレ

締切が決まるとあからさまに影響が出るブログです!!!
しかし私はリスクをとってしまいどうもダラダラ原稿してしまうタイプなので、早めに仕上げる練習だと思って頑張ります・・・。
で、最近はなんとなく暖かくなってきましたね。私は花粉症ではないのですが、なかなか生きづらい季節になってきました。まあ冬も夏も生きづらいんだけどさ。四季がなくなりつつある日本なので、100年後には夏か冬しかなくなってきたりしてガクブル!

さて、今日は今週盛り上がってるエロゲの話題です。
まずはこれ。反響が大きかったようなので大分共有化されてるんじゃないでしょうか。

・平均年収は300万円以下?! 衰退化が止まらない美少女ゲーム業界の現状(ビジネスジャーナル)
 http://biz-journal.jp/2013/02/300.html

それ見ての業界人(作り手側)の反応

・衰退化が止まらない美少女ゲーム業界の現状 美少女ゲーム業界人の反応(togetter)
 http://togetter.com/li/461462

私がよく読んでいるブログのコンビニ店長さん(プレイヤ側)の反応

・単なる一消費者のわがままとして(24時間残念営業さん)
 http://lkhjkljkljdkljl.hatenablog.com/entry/2013/02/27/073944

さらにそれの反応

・エロゲに必要だったのは本当にボリュームなの?(togetter)
 http://togetter.com/li/463099

今回話題になっているのは男性向けなので一概に語るのは危ないんですけど、ここ見ている方は女性向け多くプレイしてるかと思うので同じ舞台にあげちゃいます!(自分でヘビーユーザとかいうのは恥ずかしいんですが)、私のように女性向けADVゲームをもりもりプレイしている方は「えっ、衰退してんの」って感じでしょうか。特に乙女は元気有り余っているように見えるから「え?そうなの?3月とか乙女ゲラッシュとかですけど?」って感じかと思います。でも乙女とかBLの前身(と言っていいのか)の男性向けの市場て、一山超えてもう衰退の時期に入っているんですね(絶句)
エロゲはもはや、「やる人ぞやる」コンテンツなんだなーと。いや、実感はあったんですけど、あんま自分に関係ないこととして考えていました。
でも私はADVゲーム大好きで、ほんと好きで、これほど自分にあったコンテンツってないんじゃないかって思っているくらいなので衰退されたらすごい困る。(だったら複数買いしろってね。最近はちょっとしていますよ!)イヤだ~なくなったらイヤだ~。悲観しすぎかもしれませんがとりあえずイヤイヤしておきます。ADVゲームといっても据え置きからPC、PSPまでありますけど特にPCゲーム大好きなのでやっぱりイヤイヤしておきます。PSPはね、やりやすいけど画面小さくて人物がお人形さんみたいになるから、臨場感が足りないのですよ!!乙女ゲーこそPCで攻略対象にベッタリ貼りつきながらやるべき(真顔)。

色々な記事を読んで印象をまとめると、以前に比べてエロゲやる人の裾野がもう広がってないってことなんでしょうか・・・。(違ってたらすみません)ユーザーの母数が決まっていて、作品に対するペイの限界値が決まっているにも関わらずシナリオは長大化・高解像度が求められてしまい長時間プレイがデフォになるとますます人が寄り付かなくなる。みたいな状況でしょうか。
「リトバス」とかそれこそ「Fate」とか、今でも美少女ゲーム原作の作品がアニメになっているんですけど、そこから裾野を広げていくのは難しいってことなのかな。それこそアニメで知っている作品だけ手を出して終わるのかな。やっぱり「ゲーム」って「アニメ」「漫画」「ラノベ」に比べて媒体の敷居の高さがすごいんだなあと思います。アニメはタダで見れる上今なら動画サイトで時間を選ばず見れたりするし、漫画も立ち読みできるしラノベも1冊買うなら痛手は少ないですよね。集めると大変だけど。それに比べてゲーム(PCゲーム)って値段高いし箱はでかいしまずPCにインストールしないといけないし(そこで詰まる人は詰まる)、つまらなかった場合の痛手が結構大きい。ほんと大きいんですよ。私は意気揚々と初回限定買うと大体失敗するのでその痛みは経験としてわかっております(血涙)
さらに、ゲーム畑の子にゲーム薦めるのは、作品の面白さを前面に押し出せばまあ何とかできるんですが、漫画とか、特にアニメのような無料コンテンツをメインにしている子にゲーム薦めるって難しいんですよね~。お金かかりますし。逆にゲーム畑の子だと、いかに時間とお金が必要になるか経験されているので薦めるのはさらに難しい場合もあったりします。八方ふさがりじゃん(@メビウステマ特殊部隊)

逆に、ADVゲーム買うのに慣れていて面白い作品に貪欲な方は「何これ今人気なの?じゃ買う!」といった軽いフットワークでスポーンと10,000円くらい払ったりしますよね。軽い人は怖いくらい軽いよな~そういう金銭感覚はアニメ畑の人とかどう感じるんだろう。でもオタクなら好きなものにさらっとお金を払うのがデフォだから、理解されてそうですよね(自分の身に置き換えれば)
で、男性向け・女性向け共に、ADVゲームというのは「ADVゲーム買うのに慣れている」人向けのコンテンツになっているんでしょうね。なので慣れている人にとっては「長そうだな」と思っても「積む」前提で購入するのは珍しいことじゃない。しかしゲームってのは慣れた人でもちょっとめんどくさいコンテンツです。PCたちあげて画面開くだけでも億劫だったり、あまり楽しくないまま中断すると再開する気がおきなかったり、そのままPCの肥やしになるなんてことも、よくあります。そもそもプレイしないって方も多いんじゃないでしょうか。で、積みゲが積もりに積もると精神的負担にもなってきて、理性が働けば「これ以上積むのはよそう」という結論にたどり着く。女性向けゲームについて書かれているブログでも「積みゲーしすぎたので今年は控えます」と仰っている方もいますよね。置く場所に限界はありますよね。
それでも、買う人は買う。特にお金のかかるコンテンツなので、社会人プレイヤが多いです。給料ゲームにつぎこんだって文句言わせないぜ!

しかしエロゲは長い。ものにもよるんですが。いや本当はRPGとかシミュレーションのほうがはるかに長いんですけど。エロゲとかADVゲームは過程も大事ですが、システムと戯れるんではなくひたすら読んでゴールにたどり着くのが着地点。にも関わらず長い。それでプレイし終わらないゲームが増えていくと、ついにはADVゲーム離れしちゃうってことなんでしょうね。友達と話してても、結局ゲームに一番時間さいていたのは学生の頃だったもんなーという印象。時間的な側面から考えると、社会人とゲームってすごい相性悪かったんだなーといまさら。ゲームをプレイする時間はひねりださないといけないのです。それこそ休日をそれにあてるしかなくて、そうなるともうプレイできる本数は限られてくる。ゲームにボリュームを出すため、つまり満足度向上のためのシナリオ長大化でユーザ離れをおこしてしまったというのは皮肉というか悲しいことです。

あ、あと女性向け(乙女・BL)って、たまに破壊的に短いゲームとかありますけどあれって「長時間プレイに耐えられない」ユーザを見込んで作ってるんじゃないかなってたまに思うんですよ。男性もですけど特に女性はゲームにあてる時間が細切れだったりするので「カジュアルに楽しめる」長さに抑えられてるんじゃないか?って思う。というのは考えすぎでしょうか・・・。「こんだけ払ったのに短い」と損した気分になるか「長すぎずいい感じに終わる長さだった」と得した気分になるかは作品の完成度に左右されるみたいなんですが。「長いゲーム作って感動と説得力を!」って作り手の情熱をかけるより、「そもそもプレイヤにそんなに時間ないよ」って冷静な意見が出ていそう。という妄想です。「Dramatical Murder」とかそれのいい一例じゃないかと私は一方的に感じています。相性が悪いとかつまらないといった理由で頓挫はするかと思いますが「プレイ時間が長い」という詰んでしまうゲームじゃないだろうなあと(2~3日で終わる)。「短く」「軽く」「新しく(演出面で)」、色々なものを犠牲にしてこの3点を揃えているので、カジュアルなユーザを獲得するのに成功しているように見えます。見えるだけで実情は知らないです!すみません!同人誌読んでても「ドラマダではじめてBLゲプレイしました」ってコメントよく見るしなー。という生々しく範囲の狭い実感話でした。
あとまあ、単純に「長くて仮にいいシナリオを用意したところでセールス的に成功するとは限らない」風潮が蔓延してるかなっていうのがありますが、それは今はいいや。

コンビニ店長さんが言うとおり、ミドルプライス・長すぎないシナリオでプレイできれば裾野が広がるのでしょうか。少なくとも長大化が原因で離れてしまっている既存プレイヤが戻ってくるきっかけになるのかなー。あとスマホが普及しているからスマホでプレイできるようにしょう!と言うのは嫌なんですが(PCが好きだから)、ADVゲームとスマホの相性ってめちゃくちゃいいから、そっちで発展させるって手もあるかもしれません。エロゲをスマホでっていう時代がくるのかなー。エロシーンは課金でね!ってなんだか今っぽい気がします。
あと、インターネットは使うと思うので、ブラウザゲーはどうでしょうか。ブラウザでどこまで出来るかそもそも実現可能なのかわからないですけど、ブラウザで出来るようになったら敷居が下がりそうな気がします。それ以前にコピーや違法DLの対策が難しそうなんですけどね。

元記事(平均年収が~)にあるように、素人が作ったプロっぽいものを無料で楽しむのが主流になったら、ADVゲームに限らずほとんどのエンタメ事業がくらってしまいますよね・・・?お金を払わない世代がそのまま大きくなったらどうなってしまうのかなーという不安はあります。何なんだろう、やっぱり不況をなんとかするしかないんでしょうか(話が大きくなった)

うちのブログでもたまにコメント頂きますが、ゲーム感想書いてるブログがきっかけで新しいゲームに手出した!とかあると嬉しいですよね。逆に控えることもあるわけですが。それこそ感想は無料で簡単に手に入るので、それで認知度が上がればいいかな~と思いつつ、販促止めることになっていたら気まずいかもな~と思いつつ。やっぱり今日も新作旧作の情報収集をしているのでした。

話が相当発散した上、色々混じって論じたのでかなり読みづらい文章になっているかと思いますすみません。そして結論が出ていない。なんかなー、今、現役でプレイしている側としては悲観しすぎて衰退されるのは勘弁な一方、そんな空気に負けずバリバリ作ってくださいね!とか無責任なこと言えなくなっちゃいました。いや言ってるけど。
自分もいつまでADVゲームにこだわっているかわからないですけど、こだわっているうちは面白いゲームをさくっと買ってプレイしたいと思うので、諦めてしまわれないほうが嬉しいかなあと思います。

グッズ集めも楽しいだろうしイベントも大好きだけど、まずはゲームを好きになってから、ですもんね。ね!
2013.02.18.Mon

寝不足の行き着く先は

寝不足でたいへん眠いです・・・
いい方向にも悪い方向にも考え始めるととにかく眠れなくなるのがいかんですねー。ごろごろ。小心者すぎてすぐ舞い上がったり落ち込んだりもするけれど、たまには元気です(?)
最近はイベントの申し込みしていたので特筆すべきことはないっていう状態ですね。Dive into 原稿生活って感じです。ほしいゲームが出るまでしばらくは今あるものでダラダラ過ごすかなあ。まあ突発的に何かかうかもしれませんが。とりあえずメビウスラインぐるぐるしています。最近派生も怒涛の勢いで発表されていますね。何事も勢いが大事なのだなー。
と、私がのんべんだらりしていても、過去のエントリには拍手とかが入ってて承認欲求を満たしてもらっていますありがたや~。いやーふるい記事でしかもほとんど整理していないのに結構読んでもらってるんですね嬉しい。
そうそう原稿の合間にyoutubeとかできゃりーぱみゅぱみゅ(以下きゃりー)のPVとかも見てたんですけど、女の子の「cawaii」ってのはどうしてこうやって毒を含んでしまうんでしょうね不思議~。ファッションアイコンのきゃりーですけど、もうまるっきり男受けしない・媚びなさがあって、それを「cawaii」と主張するからアイコンやれてんでしょうねっていう。
女の子って毒を含まない可愛いを可愛いって褒めらんないのかな。男性向けに毒抜いたコンテンツに眉をひそめる友達やネットのエントリを見ていると、そういうのを感じます。
歌のプロデュースは中田ヤスタカだからそれこそperfumeと同じ文法で私たちの中に抵抗感なくスルっと入ってくる、いじらしさ可愛らしさ乙女っぽさと、恐ろしいまでの抜け感、どこか虚ろなメロディラインで毒や奇抜さが中和されていて現代日本人に優しいわあって感じです。あと歌詞が社会派。あれは社会と私の歌なのね!中田ヤスタカもperfumeで鬱めな曲作っているけれど、きゃりーは見た目に毒があるからちょっと抑え目にしてるのが面白い。「ふりそでーしょん」は随分システマチックに明るいけれど、あまり世間に媚びるのも勿体ないかもね、っていう。
話しは変わって。
最近はほんととっても年をとるのが怖いんです。
何故かってーと、自分の中身が10年くらい前から変わっていないのがなんとなくわかるからですね。けれどこのまま年はとって衰えて、おばさんおばあさんになっていくわけだ。世間からはそう見られ、おばさんおばあさんに相応しい振る舞いを身に着けていかなきゃならない。まあ、ふるまわなきゃならないなら多分やります。働いてれば好ましいおばさんおばあさんに会うことはありますし、ならば表面だけコピーさせてもらって自分のフォルダに格納して、然るべきときに実行すればいいだけですからね。
と、こうネット上からフリーの実行ファイルをDLするように大人になってきたことで、なんだか取り返しのつかない大人子どもになっていたんだなあと気づくと軽く絶望します。これから年齢だけ重ねたけれど世間ではもういい歳と判断される未熟で何か気持ちの悪い存在になっていくのかなと思うとそれなりに気が滅入ってしまいます。気持ち悪い属性は、もう十分クリアしてるんだぞっと。
その一方で、やや旧いネット友達と語っている時に、「最近は小さなことに感動しなくなった」という話が出ました。やや旧いネット友達なので、互いの過去のふるまいや行動や(黒)歴史なんかも覚えているから昔話で盛り上がるんですけど(盛り上がったわけではないが)心に余裕のある頃、何も考えていない頃はささいなことで落ちこんだけれどささいなことで感動していたよね。いちいち喜んでいた。でも最近はささいなことに落ち込まないよう気を付けていたら感動も見落とすようになったよね(笑)なんて話して、感情を共有しつつ、ああこれついに口に出しちゃったなーって軽く後悔、軽く恍惚を覚えていました。年をとるとどうも保守的になり、また傷つくのは面倒くさい(傷ついたところで現実が変わるわけではないことを学習してしまったから)、だったら傷つかないよう期待しなければ、心を開かなければ、距離を保っていればと気を付けていくうちに、気づくべきだった感動もきっと見逃していっていたのだろうと思うと、なんかもうどうしようもなく残念な気持ちになってしまい、こうやってブログに叩きつけるに至りました。
さあ誰か共感してくれ!!

なんか鬱な話してごめんなさいね。
もっと心のパーテーションをしっかり作ればいいのだよね。大人の部分は大人らしく、でも感動を忘れずにあきらめずに、そういう大人になれ。わきまえろ。でも私は、せめて未熟ならば心の豊かなおばさんになりたいと思うのです。人生おっさんおばさんになってからのが長いのに、感動のひとつも覚えられないなんて地獄じゃないか。
しかしながら豊かになる方法がわからんので、今はとりあえず豊かそうに生きている人の本とか読んで言葉の美しさに感動して、「これ同人誌のタイトルに使えそうだな」とevernoteに書き残してもみたり。
それはやがて私の新刊へと消化されていくのです。受かれば夏コミ発行予定!

そんなわけでふりだしに、戻る!

2013.01.28.Mon

女体化の謎と生命の神秘

今日もためにならないことを書きます。

●女体化の謎
なんとなくこのエントリの続き。

・薄桜鬼の展開とBLの受けについて
 http://hatonocco.blog106.fc2.com/blog-entry-397.html

先日、pixivでマギのタグ(ほとんどシンドバット×ジャーファル)を眺めていました。
「黒子のバスケ」ほどの勢いはないですが、それでも絶賛放映中アニメ、二次創作では一昨年くらいから盛んだったということで、まだまだ元気そうなジャンルです。一周回ったサークルが多いせいか、再録本の告知も多い。うっかり手を出してしまうところだった(アニメしか知らないのに!)
で、なんか思ったけど女体化が多い。受けの女体化、もあるけど攻めもあったかな。あったな。
なんかうっかり魔法で女体化してしまいましたーみたいなのが多かった記憶があるんですが(ファンタジー漫画すばらし)、そいや他にも女体化が多いジャンルあったなあ。ああ、「黒子のバスケ」と「T&B」だ!!(中の人調べ)と、いうか黒バスもタイバニも「ちょっと前、アニメが放送されていた流行ジャンル(腐女子率高め)」なので、それに該当するジャンルは大体通ってきているのかもしれない。もはや古来から繰り返されるお約束、文化、皆が必ず通る道?なのかな。
で、女体化漫画とか眺めながら、「あー腐女子って女体化好きなんだな」って思いました。で、女体化の話になると「男が好きでBLやってるのに、なんで女体化させんの?腐女子ってどこまで矛盾すんの?」っていう疑念が沸いてきます。私もそう思います(笑)
しかしながら答えはシンプルで、腐女子というのは、受けと攻めが何でもいいから惚れた腫れたのドラマを繰り広げているのが楽しいんですよね。で、ホモセックスはあらかた描きつくしたし(描きつくされたし)、ちょっと変わり種の女体化やってみっか!「女体化する」ってだけでエピソードが作れるし。となるわけです。というわけでおっぱいおっぱい!おっぱいがつけばエロでも新しいプレイが出来るね!と楽しくなれます。あれだけ大事だと叫んだtelinkoも、演出の前ではオプション:なしが選ばれてしまい、代わりにカチっとおっぱいが装着されるわけなんですね。女性向け二次の世界において、性的なシンボルってほんとつくづくおまけかつ小道具なんだなあと思いました。で、受けやら攻めが女体化して一悶着あっておそらくセックスして何かドラマが生まれても結論は「女でもお前は素敵さ!愛してる!」に着陸します。つまり「男でも女でも、お前がお前だから好きなんだよ!」を女体化を用いて逆説的に証明できるわけですね。証明されたカップリングは益々愛の高まりを演出できて楽しいなという状態になる。
つまり、いくら奇抜な設定で面白いセックスしてても、やっぱりBLの特の二次では安心感が大事なんですね。腐女子も腐っても女の子、安心感が欲しくて、二次創作をするのです。

しかし、腐女子っておっぱいおっぱい叫んだり、女の子大好き()アピールするけど何なの結局女が好きなの嫌いなの?って疑問もあると思います。人によると思いますが、女の子の外見とか仕草とかは造形として好ましいと思う腐女子も存在します。あと中身が男性向けだったり、毒を抜かれた天然だったりするとお人形さん的に「女の子は女の子だから可愛い」という思考に達します。これもある種の現実逃避ですよね。「現実からは乖離した女の子」っていうアイコンになる。「女の子大好き()アピール」というのは、「女の子だから好き」というより、どちらかというと犬とか猫に近い愛玩動物っぽい可愛がり方だというのが私の妄想です。全然そうじゃないかもしれないけど。
てかそもそもおっぱいついてるなら女の子の肉体を持った、「そもそも女の子」でいいじゃん!というつっこみをしたくなりますが、「そもそも女の子」だと何故つとまらないのかといいますと「そもそも女の子」は「中身(精神)が女の子」だからなんですよね。思考や経験・感覚が女の子であると、現実の女の子を連想させて、夢が見れなくなる。つまり、逃避から遠ざかってしまうのです。
というのを過去にエントリしました。

<参考エントリ>
・腐女子の言い訳、セカイからの断絶
 hatonocco.blog106.fc2.com/blog-entry-340.html

というわけで、BLによる女体化というのは、「中身は男(萌えキャラ)のまま、外見だけ女にしてやれ(そして葛藤しろ、萌えさせろ)」という遊びなのかなあと思いました。その材料に女の体を使うというのも面白いですよね。精神は男のまま女の肉体を持って遊ぶってのは、結構業が深い。
しかしながらそんなこっちゃどうでもいい腐女子は、肉体的というより、精神的に開放されたい面が強いのかもしれない。「(恋愛や結婚経験の有無に関係なく)もう、女であることを引退したい・もしくは休息したい」願望なのかなー。と思いました。

●おまけ:男体化の謎?(仮)
上の文章書いてて、そいや男性向けとかで美少女キャラがtelinko生やされたり、最近は女装男子も増えてきたよなって思い出しました。あともはや主流の女の子だけアニメは飽和している。
それについてまとめてざっくり考えたことが以下の通りです。

・女の子のふたなり化=「中身(精神)が女の子」のまま、telinko生やして辱めたり、百合ではできないプレイが楽しめる=腐女子が好むBL上での女体化とほぼ一緒
・女装男子(男の娘)=男の機能を持ったまま百合的恋愛を繰り広げたい(telinkoを持ちつつも男の責任等は追及されない?)
・女の子だけの世界=男が責任を果たす必要性を感じたくない=男なしで完成された世界

いずれにせよ、「男としての機能を果たす」プレッシャーからの逃避なのかもしれないなあと思いました。もはや「俺TUEEE」する男性キャラに感情移入できない、と言われてから結構経っている気がしますしね。
私は女なので男性社会のことは詳しくないですが、男性社会は公にプレッシャーがかかりますよね。(男女雇用機会は均等らしいので一概にそうであるともいえないのですが。伝統的に)
最近のアニメを見てても、2、3年前と比べて男の子が出てくる男の子向けアニメが減ってきている上、「TUEEE」な女の子だけアニメや「女の子だけでキャッキャウフフ」アニメは多くありますので、「(恋愛や結婚経験の有無に関係なく)もう、男であることを引退したい・もしくは休息したい」のかなー。と思いました。

●こうぐだぐだ考えていると
男と女って生物学的にも社会的にも役割や機能を分けられてここまで進化してきたっていうのに、なんかそろそろドン詰まりな感じがしてきましたねー。にんげんさん、そろそろ衰退します?て感じもしますが、「これヤバイな」と思うことがあればやっぱり科学や化学の力でどうにかすんのかな・・・とも思っています。
しかし、産業革命とかコンピュータの発明とか文化・技術的な面で革命ってちまちま起こっていましたけれど、生物学的なしかも命の面で劇的に変わるっていうのは起きるのかなーそれともじわじわくるのかなってのが疑問です。生物の分野つまり命ってやっぱり神の領域というか倫理的な壁(とは言っても人間が定義したものですけど)が立ちはだかるので、頭でっかちな人間がそこを乗り越えないと難しいのかなあとも思います。
社会学的に見れば「人」や「命」は「単位」ですけど、生物学で見れば「事象」にすぎないし、倫理的な視点を用いれば「かけがえないもの」だったり「重い」と定義されていたりして、ここの壁ってどう頑張って取り払えるもんなのか謎だったりします。
てか命ってどの単位で考えるもの?世界?日本?東京?わたし?
と、答えの出ないことについて思いを巡らせたり巡らせなかったりするのです。

●どうでもいい疑問
最初に戻るんですけど、マギのジャーファルくんはあのロングスカートみたいのの下にズボン的なものは履いていないのでしょうか?私の見た二次創作だとあのロングスカートの中に手突っ込むと直に(ry)みたいな表現が多かったので。ないのかなあ。ないとすれば貞操の危機が訪れそうです。公式の見解はどうなんだろう。教えてエロい人!
2013.01.23.Wed

食べ物の厚さと所属コミュニティとブログの改行

それでもやっぱり適当に。

●適切な大きさ

・みんなのパンケーキ部(30min.)
 http://pancake.30min.jp/

分厚いパンケーキを見るたびに、「本当に美味しいのか・・・?」と思ってしまう中の人です。
と、いうのもですね、食べ物には適切な大きさがあるんじゃないかと思うんです。例えばエスプレッソであるじゃないですか。飲み物だけど。あれはコーヒー自体が濃くて飲みきれないからあの小さいサイズに収まっているんですよね。で、いつかだかやたら分厚い厚揚げを食べたことがあるんですよ。お豆腐の部分が分厚いのね。分厚いからなんか醤油味がつきにくくて「やっぱり普通のサイズが美味しいんじゃないか!?」と思ってしまった。
その時から分厚いパンケーキって本当に美味いのか?と猜疑心が高まっていくのです。食べたこともないのに・・・すみません。ここはひとつ食べにいくべきなんだろうか。まあ食べてからdisるべきですよね。
しかしながら「正しい厚さだの大きさだのどうでもいい好きなもんを好きなだけ食べたい」というロックな志はいいなと思っています。なんかさ、もう規格とかルールとか倫理とかどうでもいいよね・・・私ネットにくるとそんなことばっか言っていますね何なの本当はアウトローなの?封印されし暗黒の魂の持ち主なの?
どうでもいいけど最近話題だったダイオウイカ見てても「あんな大きいなんて大味に違いない」とか思ってしまうのでした。実際にはアンモニア臭がするらしいので食べたもんじゃないようですが。

●ちょっと大正行ってくる
あんまりにもメビウスラインが目につくので公式で買うことにしました。とりあえず冊子がついていたから・・・。しかし何なんだこの流行り具合は!ステマか!と思って公式行ったら「サントラ出るからファンの皆様ステマお願いします(意訳)」と書いてあってすっころぶかと思った。ま、まあクレムリンステマ特殊部隊とかありますし、明るく楽しくステマする時代なのかもしれない。
しかしアレですね。ほんと女性向けは発売してからが本番なのかな~。口コミの強さが異常だよなと思っています。発売前、あまり有名じゃなくても発売後にあの子もこの子もこのゲームやってる褒めてる!?ってなると一気に売れるもんな。あと根性悪い私が思うのは「所属するコミュニティで流行し取り入れないと乗り遅れる」感があるんじゃないかと思います。それにより濃いコミュニティで流行すると、そこで一気に広がってあの子もあの子もいつの間にかプレイしているっていう状態になる。何でそう思うのかというと私は乙女ゲーにおいて乗り遅れて挫折したタイプだからです(かなり前のことですが)。痛い痛いトラウマ痛い。皆、乙女ゲーム消化するペース早いんですよね・・・。そして私は大変飽きやすいので、人の目を気にせず色々組み合わせて適当にプレイしていくのが良かったようです。なんでそんな簡単なことにも気づかないんでしょうね(涙目)
で、まあBLについては数も少ないし、良作!とのことですので、ほいほいメビウスしてみるのでした。大正厨二ファンタジー・主人公がメス鳴き属性ってこと以外はほとんど情報入れていないので先入観なく楽しめそうな予感。

●ふと思ったんですが
「特定のコミュニティに所属してその場の流行に乗り遅れるとしんどいと感じる」体質ってヤバイなと今思いました。いえ前々から思っているからこそこのブログみたいな適当な状態になってしまったわけですが、これってつまりもう特定のコミュニティに所属できないってことじゃないかなと・・・。
涙出てきた。
ブログはかつてブログ村とかがあったように(いや今もあるんですが)特定のSNSから派生したコミュニティがなんとなくあるのかなっていうのを把握は出来るんですが、全く所属しない独立国家を築いている方もいらっしゃるのであまり気にしなくて済むのがすごい楽で好きです。Twitterの流行というか、人の感情が伝染していく様を眺めていくのが好きなのでブログ村も見る専として大変楽しませて頂いているんですが、しかしそういうのに一緒に乗っていくのは、ある種協調性を持っていないと出来ないことだよなあという意味でも。はてな村もブログ論とかで盛り上がっていたし!ま、はてな村はもっとフラットで、その人の個性ありきな感じがするけれど。

●締りのない結論だけど
とりあえずその人が自由に喜怒哀楽を表現出来ているのがいいなと思うんです。そういう状態が私はすごく好きで、やっぱ囚われない窮屈な思いをしないっていうのがいいじゃないですか。そういう時に個性って発揮されるものだし。その人らしさがいいし。
でもそれってやっぱり調和や協力と両立するには難しいんだよなーと思いました。当たり前なんですけど。仲良くするにはちゃんと協調性が備わってないといけませんし、いつも反社会的なことばかり言っている私も協力しなければならない場面になれば、誰かからコピーした協調性をトレースして対応します。生まれ持ったもんじゃないです・・・。
その人らしさってのも仇になる場面というのがありますしね。しかし人は1人では生きてはいけないのである・・・。うぐぐ。ドン詰まってきました。

●ブログでの改行について
突然話題は変わります。
いきなりですが、改行の仕方で文章の印象ってかなり変わるよなあって思っています。
例えばこんな風に、
芸能人っぽく(?)文節ごとに区切っていると、読みやすいですよね。
(芸能人は3行くらい改行してて逆に読みにくいけどな。あれなんとかしてほしい)
読み手への負担が軽くなり、結構幅広い世代の人に読まれてるんじゃないかと思うんです。
言いたいことが整理されていて、
印象の明るい書き手さんなんかはこの形式をとっているような気がする。
何より読み手が文節ごとに休憩出来て、負担感がなくなるという利点がある。
私も最初はそうしていたようなんですが(ブログの形式ってそういうもんかと)、そのうち辞めてこうやってだらだらつなげて書くようになりました。何でかっていうと、どうも考えていることが区切られていなくて、こっちの話題からあっちの話題へどんどん派生していって、おまけに1つの文章の中に関係ない話題とかどうでもいい小話とか入れてしまう癖があるからなんです。ちゃんと文節ごとに区切ると、多分、それって読めなくなってしまうし、何より私が書けなくなるんですよね。こうだらだら書いていると息継ぎせず読み手の休憩も気にせず私がわーっと好きなことを好きなだけしゃべっているんだぜって気持ちで書いていけるので、かなり楽なんです。
すげえ自分本位だな!すみません。でも最近はそれでも読んでくれる人は読んでくれるという安心を持てるようになった。今日のエントリも食べ物の厚さの話からここまで派生していますしね。真面目に関係ないだろう・・・。しかしながら話題を絞るのが下手なようです。
2013.01.21.Mon

薄桜鬼の展開とBLの受けについて

やっぱりいろいろ適当に。

●愛され薄桜鬼
完全新作の話、私も知っていますよ!引き続きウォッチはしているので!てか乙女ゲは話題に事欠かないので眺めているだけで楽しい。業界が元気な証拠です。制作側と純正ゲーマー(イベントやグッズに興味ない層)は若干疲労しているようなと思うのは考えすぎでしょうか。
にしても薄桜鬼は旧作(?)ファンの嘆きがすごい。この嘆きのエネルギーで発電できるんじゃないかってくらいすごい。愛していただけ嘆きのふり幅がすごい。やばい。魔女化経験者としましては、ソウルジェムの濁りをガンガン感じます。
私も薄桜鬼が好きな友達がいるんですけど、かなり前から「もう引き延ばさないでほしい。薄桜鬼にすがっているのが見苦しい」とまで言われていたんですが(冷静に考えるとなんかすごい言葉だ)、そんなファンの思いもむなしく薄桜鬼シリーズは続いていくのであった・・・。しかし何でしょうね、十鬼の絆でつながりを持たせようとしたり、かと思いきや新作タイトルを用意してみたり、やっぱりポスト薄桜鬼を作ることが出来ないがゆえの足掻きというか喘ぎなのかなーというのが印象です。オトメイトって作品を多く持っているので各作品に数は多くなくとも熱狂的なファンがいて、上位に位置する作品だけ要領よく展開してるって感じなのですが、やっぱりドドーンとでかい看板タイトルが必要ってことなんでしょうね。
絶賛アニメ放映中のAMNESIAも薄桜鬼ほどではないってことなのだなあ。
やっぱりほら、そんなにリソースあるならオトメイト渾身の一作を作れば・・・!ポスト薄桜鬼が作れるかも!?って思うんですが、そうじゃないんでしょうね。開発規模に比例した売上高が確保できるなんて保障はまったくないので、リスクを分散するオトメイトのやり方は非常に合理的で感動を覚えるもんなあ・・・。あのビジネスモデルを真っ先に取り入れて実現したっていうのがすごいと思う。
話が逸れた。
薄桜鬼の件で嘆いている乙女を見ていると結構気の毒なので、あんまりにも辛いのであればちょっと距離をとることをお勧めしたりしなかったりします。もう嘆きさえも受け止めて希望にできる!とかそんなダメなオトメイトがやっぱり好き!みたいな情が生まれれば乗り越えていけるんですが、「薄桜鬼は好きだけど、オトメイトのやり方にはちょっと」という方はさくっと接続を切ってしまうほうが楽なような気がします。
というのを昔エントリにした気がする。

<参考リンク>
・期待値の高さから起こる怒り~愛と萌えの裏切り
 http://hatonocco.blog106.fc2.com/blog-entry-275.html
・次元の壁に甘えて
 http://hatonocco.blog106.fc2.com/blog-entry-277.html

深く長くメーカーを見守ってらっしゃる方は愛も情も深いですよね。長年連れ添ったダメ夫に寄りそう妻のようで。買い支えるとはこういうことかと感動してしまう・・・。私は多分、一瞬だけ燃え上がってに結婚する前に姿をくらまし、でもその後も監視だけ続けるタイプです。切り替えの早い粘着(わかりにくい!)


●BLの受けは男でも女でもない奇跡の存在だった
あかあかコンプしてこのような結論に達しました。
BLの特に受けという生き物は古来より「こんな奴いねえよwwwwwwwwwwww」と言われ続けてきた存在です。腐女子もそんなことは承知なのです。しかし!BLの受けの魅力というのはやっぱり女には勤まらんのです!女じゃダメ!どんなメス鳴きしたって女じゃ役不足なのよ!
でもBLの受けとかどう見ても「男」って感じもしないんですよね。男性性というか女が欲しい男性の力強さ逞しさみたいのは持ち合わせていないんですよ。NLで必要な口説き要素も持ってないし(口説かれる側だしな)。じゃあBLの受けっていったい何なのだろうって、今年に入ってからしばらく考えていたんですが。それで色々考えた結果やっぱりもう人間の価値観で測ってはいけない、アダムとかイブとかそういう概念を超えた存在なのかなと思いました。女には勤まらない、でも男とも言い難い性別を超えた存在だと・・・そう思うことにしました。
なんかこうあれらは胸がまっ平らでオプションでtelinkoがついている、男や女の業に囚われないフェアリーみたいな存在なんじゃないかな!?いや、telinkoが大事なのはわかっているんです。あれがないと絵的にさびしくてエロに張り合いがないもんね。それに「無性」とか「中性」が欲しいわけではない。「男」っていうステータスは必要だから。そのためのBL(ボーイズラブ)だから。でもエロっていうのも(作品によるんですが)BLの受けを可愛く見せるものだったり物語のスパイスだったりするつまり位置づけは演出で、telinkoはそのための小道具的なものかなと思うので、本質とは関係ないんじゃないかって思う。
つまり、telinkoなんぞおまけなんです!えらい人にはそれがわからんのですよ!!
まあ、おまけであっても(必須)と後ろにつくんですよね。ついてないと「無性萌え」とか「中性萌え」みたいなカテゴリの違う萌えになっちゃうから、telinkoは必須です。なくしちゃダメ。でもそれはモザイクと黒い線に隠された、想像上のアイコンなんです。
しかしものの考え方や性質っていうのは男とは程遠かったりするんですよね。でも女とも言い難い。やはりBLの受けはフェアリー。われら人間の因果や業や苦しみから解き放たれた尊い存在。この世のどこにもない想像上の生物なんだなあ。性を持っているけど、それは人間からは遠く離れた使われた方をしているような気がする。分類的には妖精さんだったってことだ。
そう考えるとあのゲームの受けもこのBL漫画の受けもこの同人誌の受けもなんか納得できる!気がするようなしないような。お尻丈夫だしね。何してもこわれないもんね。何刺されても次の日割と元気に歩いていたりします。

このブログ始めた時は、薄桜鬼とtelinkoの話を同居させることになるとは思わなかったです・・・。だんだん色々どうでもよくなっていくのが伺えますね!!自意識過剰だからたまに思うけど、ここのブログは腐女子と乙女のどちらが多く見ているんだろう・・・質問するとたまに純正乙女(NLのみ好き)な方もいらっしゃって申し訳ないような汚いものを見せつけて興奮するような気持ちになります(最低)露出狂ってこんな気持ちなんだろうなー。
同人もそうなんだけど趣味の世界では性癖を隠さないほうが上手くいくので、やっぱりコートの下は素っ裸で過ごすべきなのかな・・・と思いました。おまわりさんこいつです!
2012.12.28.Fri

乙女ゲームに対する不満に関するご意見募集★【~12月28日まで】

【こちらの記事は12月28日(金)まで最上部に置かせて頂きます】

年の瀬も迫ってきて、今年の総括に関するエントリがネット上に増えてきましたね。
今年もたくさん乙女ゲーが発売されましたが、皆さん楽しまれましたでしょうか?
商業作品について私は2本(十三支演義と王子様のプロポーズ)やっていました(うろ覚え)
乙女ゲオブザイヤーは今年は集計しないのかな・・・?乙女ゲ的クソゲオブザイヤーはどうなるのかな?来年はもっと萌える乙女ゲーム出るのかな?
来年に向けて、色々ワクテカガクブルしてきますね!
そんなこんなの年の瀬ですが、皆様にまた質問(今回は意見募集)をさせてくださいませ。

内容は、ずばり

「乙女ゲームに対する不満」になります。

色々なメーカーが参入してきて、乙女ゲームが大量に発売される中、たくさんの萌えが生まれると共に不満も多く聞こえてくる昨今なので、せっかくだからここで1つ乙女ゲームに対する不満をまとめてみたら面白いかなーと思いました。
で、相関関係が見えたら面白いので以下の情報をくださると嬉しいです。

①乙女ゲー歴(乙女ゲー初めて〇年等、ブランクもありましたら教えてください)
②プレイした大体の本数(メーカーやジャンルの傾向がありましたら教えてください)
③乙女ゲームに対する不満(システム・キャラ・ストーリー・値段・・・観点は何でもOKです)

③については、何故そう思うのかといった理由も添えて頂けると嬉しいです。こちらの記事への拍手か、文字数足りなければコメントで、さらに足りなければメール(gobyen@yahoo.co.jp)にて送っていただけると嬉しいです。
乙女ゲームへの不満をここぞとばかりにぶつけてください。ぶつけた上で、愛を語るも良しでございます!
期限は12月28日(金)までです。

期限が過ぎた後、ざっくりまとめた記事を投稿します。その際、誰がどの回答をしたのかは特定できないようにします。記事投稿は12月28日(金)以降、年明けになる可能性があります。予めご了承ください。
また、各個人様あてにweb拍手のお返事として返信の記事を投稿する予定ですが、ちょっとセンシティブな内容になりますのでお返事の体裁は日付とHNのイニシャルのみとさせて頂きます。お返事が不要な際は、その旨お書き添えください。

皆様のコメントお待ちしております。どうぞよろしくお願いします。


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参考までに、前回と前々回の質問記事を置いておきますね。

・女性向けコンテンツの男の子が獣耳をつけるのはOKかNGか質問まとめと感想
 http://hatonocco.blog106.fc2.com/blog-entry-374.html
・乙女ゲームで許されないことについての質問まとめと感想
 http://hatonocco.blog106.fc2.com/blog-entry-288.html

今回は中の人としましてもややスリリングな質問となりますので、今から緊張です。
あ、いつものごとくあんま意見来なかったら早めに締め切りますね(笑)
2012.12.10.Mon

好きなものへの精神論~18禁ゲームとコレクションとコミケ

今日のエントリは精神論が多くなんかうるさいです。

●18禁ゲームをすることへの抵抗について
ものすごく余計なお世話なこと書きます。
オトメイトのHPと乙女ゲーの感想ブログを見るのが趣味で、中でもいかにも乙女!ふわふわ!な感じのブログを見るのがすごい好きです。心が洗われるから・・・。で、ふわふわ!な感じのブログに限らず、たまに「18禁ゲームをしている私って・・・」みたいに自虐される方がいらして、そういう方を見ると中の人はものすごく悲しい気持ちになるのですよ。勝手になっていろと言われればそれまでで、勝手になってしまうことではあるのですが。でも、そんな!18禁ゲームいいじゃない!楽しいじゃない!って思います。
とは言うものの、公にできる趣味であるとは、私も思っていません。私も隠れですし18禁ゲーム趣味です!とは公然に言っていないです。家人がいれば言い出しにくく、18禁ゲームなんてやめてくれと言われた経験のある方もいらっしゃるかもしれない。でもでも、皆さんきっとリアルでは言い出しにくい乙女ゲームとかBLゲームとか18禁ゲームについて堂々と語りたくてネットに来たんじゃないかな!?そりゃリアルでは口には出さないけど、やっぱり解放される瞬間が欲しかったんだと思う!そういう自分を否定しないでほしい!と余計なお世話だけど思っちゃうんですよ!!
それこそね、どんな趣味でもバカにされず差別されず公にできる世界になればいいけれど、それはさすがに難しいと思うんですよ。でもだからこそ、公にできる場がネットにはあるわけで。せっかくその場があるのに(それを求めてネットにきたのに)「18禁ゲームをしている私って・・・」て自分を否定しちゃもったいないと思うんですよ。いっそ「18禁ゲーム超面白いッス!ヒャッホー!!」するくらいが丁度いいかと思います!
昔、コスプレイヤーの友達が、「コスプレだってただの趣味なのに、オタクの趣味に分類されて馬鹿にされるから言えない」と言っていたのを思い出した。そして「何でコスプレだとダメなんだ?」と言っていたことも。まったくです。ほんと。私、コスプレの趣味ないんですがやらせてもらったりコスプレイヤーの苦労を知る機会はあったので、あの趣味ほんと馬鹿にできないです。ある意味同人よりシビアな世界ですよあそこは・・・。(同人は自分のスペースが確保できるからある意味「お客」と「お店」の関係さえあればどうにかなりますが、コスプレは「キャスト」と「オーディエンス」の関係がないとなかなか成り立ちにくいのですよ・・・印刷代と違ってコスプレの材料費は戻ってこないし)
と、いうわけでネットでは18禁ゲームをするあなたを恥ずかしいなんて思わない!だから堂々としていてほしい!お前がネット代表すんなって言われそうだけれどもすいません!
なんかこう私はオタクでオタク以外の要素があんまない奴で友達もオタクが多いからこういう問題についてキーキーしてしまうんだけど、ゲームしてても根がオタクではない方もいらっしゃるので、ピンとこないかもなーと思いつつ、でも18禁ゲーム楽しい気持ちは一緒だよ!と共感をアピールしてみる所存。
楽しんでいる自分を否定するってのは、万国共通悲しいことだと思うので。
(今回あえて「エロゲ」とは表記しませんでした。「エロゲ=男性向け」というイメージが強そうかなと思ったので。男性向けエロゲに手を出している方は、こういうハードルは乗り越えてしまってそうかな思ったからです笑)


●コレクション捨てられた顛末

・コレクションを捨ててから、おかしい(REVの日記さん)
 http://d.hatena.ne.jp/REV/20090810/p1

軽く閲覧注意です。私は見ていてつらかった・・・。見てて泣きそうになった。もちろん、好きなものを手放した方=私の感情移入で!
好きなものへの執着、とか、わからない人にはわからないと思うんです。私も2次元に執着していますけど、非生産的すぎておおよそ理解してもらえるとは思っていない・・・。しかし部屋には2次元のものが増えていく一方です!花帰葬副読本買っちゃった。こういう解説本大好きなんですよね紙の束に弱い。
でもここにあるまとめは奥さんが旦那さんのもの捨てちゃった!もしくはその要望に応えたって話が多いから(もちろん、逆パターンもあるのでしょうが)、一緒に住むと許せなくなるんだろうな。きれいごとじゃないというか、共同生活に持ち込まれると、オタクの視点からの精神論なんて意味なんてなくなってしまうんだろうか。とはいっても、私も奥さんにネトゲにはまられて家事しなくなったーとか、足の踏み場もないほど旦那にフィギュア買われたってなったらさすがに困ってしまうかも。だから、度合が大切なんですね。どこまでなら許せるのかどこまでなら許してもらえるのか、そういうのも把握しておかないとお互いに悲劇なんだなと思いました。(作文)


●黒子のバスケ脅迫事件からのコミケットへの影響について

・コミックマーケット83における『黒子のバスケ』サークル・頒布物対応に関する緊急のお知らせ
 http://www.comiket.co.jp/info-a/C83/C83Notice1.html

ついにコミケにも影響、その範囲は「黒子のバスケの頒布物は遠慮願いたい」というものでした。もちろん今までも公式イベントへの影響やアニメイトカフェの中止、ナンジャタウンの早期終了や作者母校への脅迫など様々な影響はあったわけですが・・・。これはすごいですね。さすがに驚いたし、とてもショックだった。

コミケと聞いて、皆さんはいったい何を想像しますでしょうか。きっとほとんどの人は「コスプレ」「同人誌」「企業の出すやたらでっかい袋」「徹夜で並ぶオタク」「ゴキブリホイホイにすいこまれる大量のオタク」といった名物の風景なんじゃないかな。でもその上に、コミケットには遙かに大きく抽象的な「表現の自由を守る」という目的があるわけです。それについてしっかり意識している人というのは少ないんじゃないでしょうか。それこそ10年選手のサークル・一般参加者であっても、普通に参加するだけなら気にする必要もなくコミケって過ぎていくから。
ま、私もその通りなんですが、たまたまコミケットの裏側に入る機会があり、その時にちょっと見聞きしたものでも、コミケットに対するイメージというのは変わりました。コミケって同人誌売るだけ・コスプレ見るだけじゃないんだなあ、とか。スタッフの人はお金ももらわずにあの作業やっているのか、とか(代わりに某封筒はもらえますけど)マスコミへの対応もしているし、拡大集会っていうのやってるし、晴海の倉庫からの長い歴史がある。カタログとか買っても、そういう部分をちゃんと読むようになりましたしね。コミケットがいかに「表現の自由」の場を守ろうとしているか、執着しているのかっていうのかを意識していました。ま、意識しているだけでやっていることといえば同人誌売らせてもらって買わせてもらってはしゃいでいるだけなんですけどね・・・(夏コミに関するエントリ「夏コミとNitro+CHiRAL Official Works DRAMAtical Murderからの解釈のための妄想」(http://hatonocco.blog106.fc2.com/blog-entry-349.html)参照)
だからこそなんですが、今回の黒子の件についても「コミケなら屈しないだろ」という根拠のない期待が自分の中にあったのではないかなーと、さすがに反省しました。いや、私だけではないと思うのですが。ゆうのオンリーイベントは延期になったけど、ジャンプフェスタでも黒子関連は中止になったけど、きっとコミケは大丈夫。そんな風に思っていました。でも今回はそうならなかったんですね。

・コミケット83『黒子のバスケ』サークル・頒布物対応において参加見合わせ・頒布の中止のお願い まとめ
 http://togetter.com/li/419622

反応も様々ですね。
準備会がんばった派もいれば警察何やっているんだ派もいて、いや警察だって頑張っている派もいれば、準備会公表遅すぎる派もいたり・・・。うーん、これほどまでに意見が分かれるとは(これが全てではないと思いますが)。今回のような対応はおそらく初で前代未聞で、当日は900サークル分のスペースがスカスカになってしまうと(足を運ぶサークルさんはいらっしゃるだろう。けど、メインの頒布物はない)切ないことです。自ジャンルで起こったら、と想像するだけで涙が吹き出ます。しかし、コミケそのものが中止にならなかっただけ良かったと思うか。なんだかどの立場でいるべきか難しいところです。
あ、あと「『黒子のバスケ』同人誌・グッズ等の頒布はできませんが、当日のスペースは休憩・交流・頒布に利用して問題ありません。他ジャンルの同人誌・グッズ等を頒布する場合には、コミケットアピールにある通常の手続に従ってください。」とありますが、使っていいのはそこのスペースとった黒子サークルさんです。関係のない人は荷物置き場にしちゃダメだよ、ってことですね。でもする人いそう!!と思ったので、なんとなく書いておきます。それこそ当日はこの事を知らないで、もしくは知った上で黒子の頒布物を出そうする方もいらっしゃるかもしれません。そうなったらスタッフの方は大変ですよね。コスプレはどうなんでしょう。頒布物ではないんですが・・・。
私は黒子ジャンル者ではないのでこうやって淡々と書いていますけれど当事者になってしまったら、こんな文章じゃなかったでしょうしモチベーションが途切れに途切れてつぶれていたかもしれません(打たれ弱い)それこそ毎日呪いの言葉を吐いていたかもです。ほんと。
表現の場って守られなければなくなっていくものなんですよね。安全を盾にとられると、それこそどうにも出来ないものなのかと痛感した出来事になりました。きっと多くの人にとっても同じではないかと(なんか今回この表現多いな!)。

余談ですが拡大準備集会って何する会なのって方は、以下のリンク先を読んでみると、ちょっとわかるかも。巨大すぎて良くわからない「コミケット」なるものが何であるか、運営側の雰囲気が少し掴めると思います。

・c83拡大準備集会
 http://will.boy.jp/c83.html

はー。なんか今回は「好きなものは好きだからしょうがない」気持ちから色々書きました。もっと大げさな表現や生々しい自分の出来事として書くことも出来るんですが中の人は意気地なしなのでこのくらいで終わりにしたいかと思います。個人だらだらブログなので「皆さんこうしましょう!」とか注意喚起というかお前何様なニュアンスは避けたいと思っているんですがうまくいっていなかったらすみません。

それでも中の人は皆様の「大好き」をショボショボと応援していきたいと思います。
2012.11.04.Sun

女性向けコンテンツの男の子が獣耳をつけるのはOKかNGか質問まとめと感想

こちらのエントリで、「女性向けコンテンツの男の子が獣耳をつけるのはOKかNGか」という質問をさせて頂いたところ、合計10名の方に回答頂きました。リアルの友達2名にタイミング良く会い聞くこともできたので、そちらも含めると12名ですね。ありがとうござます。
と、いうわけで先に大体の傾向や気になったところをざっくり抽出・コメントさせて頂きますね。



【まとめ】


●回答くださった皆様のBL/NL傾向

そもそも何でこちらをお書き添えくださいと書かせて頂いたのかと言いますと、勝手に「BL好きのほうが獣耳は好きなんじゃないか・・・?」という勝手な仮説があったからです。あと、前回の質問をさせて頂いた3月以降、こちらのブログでBLの話が増えたため、来ている方々もNL好きは減ってBL好きが増えたのではないかという印象があったからです。
ですがふたを開けて見ますとまだNL好きがやや優勢、という感じです。ちょっと驚きました。(というか皆さんおおらかでらっしゃいますね!)


●「女性向けコンテンツの男の子が獣耳をつけるのはOKかNGか」への回答

この聞き方をしてみたところ、大体3つの派閥に分かれてらっしゃいました。()内は人数です。

・獣耳OK!私萌えます派(5名)
・好きでもないけど嫌ってわけでもない、でも拘りはないあってもいいんじゃない派(5名 ※リアル友達含む)
・どちらかと言うと避けたいかも・・・ややNG派(2名)


という感じだったので、明確に「獣耳とかマジ萎えるわ~」という方からのコメントはありませんでした。たまたまそういう方からのコメントがなかっただけかな?と思いつつも、「獣耳はやりようによっては容認される?かも」という希望が見えてきました。で、今回は全体のわかりやすい傾向というのが見えにくいので、面白いと思ったコメントやなるほどと思ったコメントを抽出させて頂きたいと思います。


●獣耳OK!私萌えます派(5名)からのコメント

獣耳・人外スキーな皆様からの肯定的なコメントです。

・獣耳がその男の子のアイデンティティーの一つ。獣耳がついているというだけでキャラが立っている。「こいつはヒトじゃない、異種族である」というアイコンとして獣耳は十分だ(人と人外が混ざる世界観に限るが)
・獣耳キャラの最大の萌えポイントはやっぱり「動くこと」。ツンデレやむっつりと合わさって、態度と裏腹な本心を耳が表現してるのがいい!
・かっこよく描ける絵師がいれば攻略対象全員獣耳も余裕で成り立つだろう
・人外と少女、という組み合わせはいいものだ。もっと個人的な意見を言えば獣耳じゃなくて完全な獣にしようぜ!と思ってしまう。獣耳だけだと中途半端な印象があり、なんとなくグロテスクに感じてしまう時もある。やるなら完全獣に!


さすが獣耳スキー、異種族恋愛憧れるよね、耳やしっぽが動かれるとそれだけでキュンとしちゃう。という熱い「萌え」が伝わってきてニヤニヤ致しました。中には「獣耳なんて半端なことせず全部獣にしてくれ」という一歩頭飛び出た方も・・・。ちなみに攻略対象全員獣人の「獣の国の花嫁」というフリー同人乙女ゲームもあるそうです。世界は広いですね!攻略対象全員獣耳というとBLゲームの「Lamento」くらいしか思いつかず、またこちらは主人公も獣耳だったので、商業では「攻略対象全員獣耳で主人公は人間の乙女ゲーム」はまだ出ていない?のでしょうか。いつか出るといいなと思ってしまいますね。
また、OK派でも、中にはこんなコメントも。

・OKだけど、男子らしさや男の子の心意気は忘れないでほしい
・獣耳より、天使的翼や悪魔的角しっぽのほうが人気が強いような気がする
・「それ獣耳にする必要なかったよね」とあとから言われる人物像だと、反感を持たれるのでは
・永続的に獣耳なのではなく、猫耳のカチューシャをつけるようなイベントについて、乙女の皆様はどうお考えなのだろうか気になる


「獣耳は可愛い印象を持たれるから男らしさを忘れずに」「むしろ天使とか悪魔のほうが人気では」「人外アイデンティティがあってこそ」「イベント扱いってどうなんだろう」等色々な意見がありました。確かに獣耳というとミニキャラ化してくっつけて、「○○くんが猫になっちゃいました」とかいまだに二次ではありますもんね・・・。ただ愛玩
動物すぎると男らしくないと攻略するテンションが下がるかもしれません。ただしイケメンに限るという言葉が浮かびます。


●好きでもないけど嫌ってわけでもない、でも拘りはないあってもいいんじゃない派(5名 ※リアル友達含む)

なければないで困らない、条件付きでなら萌えられるよ、という皆様からのコメントです。

・個人的に男キャラの場合獣耳よりも角のほうがポイント高いです悪魔っぽい角(ヤギ角)とかついているとすごい萌え!
・「緋色の欠片」をプレイした時、OKなキャラとNGなキャラがいた。獣耳でもその種類によるのかもしれない
・ファンタジー系統の話ではないと受け入れるのはむずかしいかもしれない。ファンタジー世界で、攻略キャラが獣耳だけというのはやめてほしい


「悪魔的角が人気なのでは?」という意見はOK派から出ていたので「おおー」と思いました。まさにいらっしゃいましたよそういう方が。そいや悪魔特化ゲーというのもあまり見かけないかもしれません。獣耳よりかは男らしさは演出できるかもしれませんし、悪魔角つけているのになんか頼りないキャラというキャラクタも作れそうだなーと思いました。
また、獣耳でもその種類によるのでは、とか世界観のよる、という条件付きの方が多かったですね。そしてこんな意見も・・・

・獣耳以前にベースの造形や性格が重要
・獣耳が好きでない人は、獣耳で好きなキャラにまだ出会っていないのだろう


「獣耳以前に本質が大事だろう」というご意見です。
ただ、OK派の方は「獣耳にアイデンティティーがある。獣耳含めてそのキャラクタだ!」という主張が強く、そうでもない方は「獣耳はあくまでおまけである!」という主張が強いような気がするので、もはや根本から考え方が違うんだなーと感心致しました。その点を一致させるのも困難なのかな、とも思いました。まさに嗜好の違いが浮き彫りになった瞬間ですね。また、「獣耳で好きなキャラにまだ出会ってないんじゃない?」という恋愛に悩む女性への慰めのようなコメントが。これもあるかもしれませんね。萌えというのはコントロールしがたい感情なので、好き嫌いを越えるようなハイパー萌えキャラに出会えたら開花するかもしれません。好きになった途端短所と思っていた部分が長所になる、萌えの魔法にかかるかも?


●どちらかと言うと避けたいかも・・・ややNG派(2名)

そんなに積極的に萌えはしないかなーというややNG派の皆様からのコメントです。

・獣人化したキャラは結局ファンタジー。自分は人と人の関係する話が見たいので、獣耳がつく作品には手が伸びないかもしれない。でも妖怪とか化け猫ならOK
・半獣である、人外であるという設定を上手くいかせるなら激しく萌えられる。ただ獣耳を売りにされると勘弁してほしいと思う


ややNG派の皆様から頂くコメントには、軽く葛藤のようなものが伺えました。好んで萌えはしないし獣耳だけをチラつかされてもね、と思う反面条件が揃ったりお話がしっかりしていれば萌えられる「かもしれない」という冷静の中にも感情が揺れ動く様が(すみません、私の主観です^^;)しかしながらもっと「マジねーわ。萎えるわー」というコメントがくるかなと思ったんですが、そういうコメントはなかったので(偶然かもしれませんが)、私が予想していたより嫌っている方はそこまで多くはないのかもと思いました。


【感想】


以下、個人的に思ってだした答えなど。


●ライトな質問だったが、予想していたより様々な種類の意見が多かった

前回の質問「乙女ゲームで許されないことについての質問(http://hatonocco.blog106.fc2.com/blog-entry-288.html)」に比べ、気軽に答えられる内容だったかなと思っています。それこそ好き嫌いを明確に表現できる質問内容なのでもっとはっきり明暗が分かれると思い込んでいたのですが、蓋を開けて見たらかなり複雑な回答が多かったです(笑)ただ好き、ただ嫌いという単純な回答はほとんどなく、「条件が揃えば萌えられる」とか「むしろ悪魔耳とかのほうが萌える」とか、「獣耳はおまけである」の方もいれば「獣耳はアイデンティティだよ」という方もいて、前回より「人それぞれ感」が激しく、まとめるのにやや腐心しました(笑)
そして何より中の人の浅はかさが浮き彫りになったかなーと。あまり考えずにぱっと質問しましたです。ハイ・・・。
また、BL好きとNL好きで傾向が表れるかと思いきや、そこに相関関係は見られませんでした。NL好きでもOKな人はOK、BL好きでもややNGな人はややNGという感じです。


●容認してくれる人も多い。それ故にそこに特化したゲームを作るのは難しい?

獣耳のついたキャラクタの出てくる乙女・BLゲームというのはあることにはあるんですが多くはありません。また前述したように商業で「攻略対象全員獣耳で主人公は人間の乙女ゲーム」というのも今のところ思い浮かばないので、まだチャレンジできるメーカーはないのかなと思いました。ただ、登場人物の中に紛れ込んでいたり、純粋な人の攻略対象もいる世界観で、人外ポジションという役割を持ったキャラクタもいますので、それこそ「キャラ立て」の手段として使われている感はあるかなーと思いました。ただ攻略対象全員人外となると、なるほど確かに全てのルートが似たりよったりになっちゃうかも?という懸念もあり商業では「攻略対象全員獣耳で主人公は人間の乙女ゲーム」はリスキーかなとも思いました。むしろ小説とか漫画であれば、それ一つでドラマが出来上がりますよね。


●最後に

回答いただいた10名の皆さま、協力してくれたリアル友達の皆様、短い期間にも関わらず丁寧なコメントをくださり、どうもありがとうございました。気軽な質問なので当方も気軽な回答を待っていたのですが、予想に反して多種多様な意見があり、「これです!!」みたいな傾向が出せずなんだかややボケたまとめになってしまい申し訳なくもあり、その曖昧さがむしろこの質問の回答なのかなとも思いました。曖昧ゆえに、いざ商品化(特にADVゲーム)にするのは難しいかもしれない。こんなところに弊害が、という目から鱗感もありました。
と、いいますか発端は私とリアルの友達(獣耳NG派)からの会話なんですが、確かに冷静に考えるとちょっとへんな質問でしたね。ですがお答えくださった方の中には興味を持って面白がってくださり、それが嬉しかったりもしました。答えていないけど、どんな傾向か気になるよって方もいらっしゃると信じて、今回の質問を終わらせたいと思います。
ここまでお読みくださりありがとうございました!

個別のお返事は、一個下のエントリでさせていただいております。
2012.11.03.Sat

ケモミミ(獣耳)についてご質問★【~11月3日まで】

【こちらの記事は11月3日(土)まで最上部に置かせて頂きます】

原稿終わりかけから、閲覧者の皆様にまたなんか聞きたいなーと思っておりまして、いいネタないかなと思っていたんですが、見つかりました。
テーマは「女性向けコンテンツの男の子が獣耳をつけるのはOKかNGか」にしたいと思います!

と、いうのも先日のまどか映画の際、友達と「男子キャラに獣耳はOKかNGか」という話で盛り上がりました。
友達はNG派でした。理由は「女の子ならともかく男の子がそもそも媚びるというのが許せない。もっと本質で勝負してほしい」と言い、OK派の私は「ぴょこぴょこ動いてて可愛いじゃん!そもそも人外というのが萌える!でも確かに本質には関係ないね」と平行線を辿り全く相いれませんでした(笑)

で、なんとなく思うんですが、ケモミミが喜ばれるのは男性向けが多く(とは言っても最近はあまり見ない・・・。もう古いんですかね)、正直女性向けだとあんまないかなあと。私のオタク人生でも「ケモミミとかマジ萎える」という意見は聞いても「ケモミミすげえ萌える」という意見を聞いたことがないなと・・・。で、実際のところケモミミって女子受けしているのかな?というのが気になった次第です。

なので、こちらのブログに来てくださっている皆様に聞いてみようかと思います。
あ、女性向けコンテンツっていうのは乙女ゲームやBLゲーム、少女マンガや女性向けアニメですね。


と、いうわけでご質問です!

「女性向けコンテンツの男の子が獣耳をつけるのはOKかNGか」

よろしければOK・NGの理由や、NLとBLのどちらがお好きかとかも添えてくださると嬉しいです。
こちらの記事への拍手か、文字数足りなければコメントで、さらに足りなければメール(gobyen@yahoo.co.jp)にて送っていただけると嬉しいです。
ケモミミへの熱い思いを語るもよし、ここぞとばかりにdisるのも良し!でございます。
期限は11月3日(土)までです。

11月3日(土)以降、ざっくりまとめた記事を投稿します。
その際、誰がどの回答をしたのかは特定できないようにし、各個人様あてにweb拍手のお返事として返信の記事を投稿する予定です。
どうぞよろしくお願いします。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

参考までに、前回の質問記事を置いておきますね。

・乙女ゲームで許されないことについての質問まとめと感想
 http://hatonocco.blog106.fc2.com/blog-entry-288.html

こんな感じにざっくりまとめていきます。
今回はなんかニッチな質問になってしまいました。そもそもケモミミ興味ない人のほうが多そうだなー、という仮説。
あんま意見来なかったら早めに締め切りますね(笑)
2012.10.29.Mon

爽やかアニメ見て「グロい」とか言うな!

爽やかアニメみて「グロい」と思ったこととか、その他色々なことです。エントリタイトルを台無しにしてみる。


●「好きっていいなよ。」を「グロい」と感じるのは自分が主人公になるのが耐えられないから
まどか映画を見た時に、最近どんなアニメを見ているのかというのを友達と話しました。なかよし・ジャンプから花とゆめ、電撃・角川と厨二こじらせすぎ系の私と違い、友達はりぼん出身で別マや少コミなど、まっとうに少女マンガを読んできた人です。いくら同じ乙女ゲームをしても大体好みのタイプやシチュエーションというのは合わないんですが「好きっていいなよはグロい」という意見だけは何故だか満場一致で解決してしまいました。怖い。
あの汚れたところのない恋愛物語のどこが「グロい」んだよって謎かもしれません。男性だと、ますます謎かもしれません。
例として挙げられたのは2話目で、巨乳の女の子がそれを原因にからかわれてしまうことでした。そこで私が放ったのが「おっぱいなんてラッキースケベでうっかり揉むくらいがいいんじゃん!」という発言でした。同意してもらえました(笑)。おっぱいなんだから揉んどけってお前最低だなっていうのはわかっているんですが、そうじゃないと「頭すっからかんで楽しめない」ためです。何故かというと「巨乳の女の子がそれが原因でいじめられる」・・・いじめられなくともつまはじきにされたり陰口の材料になる、特に女の子だけの会話の中でっていうのはありすぎるんですよ。リアルにあるの。そういうのは第二次性徴始まりかけの時から現実でいっぱい見てきたんですよーもー!小学校3~4年くらいになれば背の高い子は胸くらい出てくるじゃん当たり前じゃん、でも子どもの頃って年齢が同じでも差が激しいのにそれを上手く受け入れられなくて「なんか自分と違う」っていうことをつい口に出しちゃうんですよね。大人になっても口に出す人は出します。言われたほうが傷ついたりあんま気にしなかったり人によりけりなんですけど。(でも大抵は嫌な気持ちになると思う)
なんかそういうじめっとした事を彷彿とさせて(オタクになってからすっかり忘れていた)、見ててなんか気持ち悪くなってしまい、私はこの作品から見事脱落しました・・・。すごく綺麗だしアニメになるくらい人気の作品だから興味あったんですが、合わなかったようです。
と、いうのは友達も一緒だったみたいで、「なんかグロかった」と言っていました。
この「グロい」っていうのは「女性の内面のグロさ」のことを指しています。女の子は女の子のグループの中で生きているため、暴力には結びつかない、いじめとは定義しづらい人間関係のややこしさを目の前に突き付けられて気づけば成長しています。でもそれは当たり前のことでグロいと騒ぎ立るほどのことじゃないし(もっとグロいことあるしね)人間の内面の負の部分なんていちいち論じるだけ無駄だし絶望はあって当然!とまどマギでも言っていましたけど、私も友達もオタクなので「漫画の中でわざわざそんなこと表現せんでも」と本末転倒な事を言い始めます。
何が本末転倒なのかというと、このエピソードは、本来のターゲットである小中高生女子にとっては大変わかりやすく感情移入しやすいエピソードだからすごく説得力あるんですよね。このエピソードならきっと「良い子なのに巨乳でいじめられるなんてかわいそうだよね。味方になってあげなきゃ」とちゃんと「思わせる」力ががあるんですよ。何故かというと本来のターゲットである小中高生女子にとって、自分のリアル体験に近いことが上手く漫画になって表現されているからですね。あのエピソードが入ることで「これって漫画の中の学校だしいきなりイケメンにキスされるとかありえないけど私の通っている学校と似ている部分もあるよね」って心理的にハードルが下がるんですよね。その効果でより主人公やキャラクターに親近感が沸いて、物語に没頭しやすくなるというとても効果的なエピソードなんですよ。読者の視点がすごい計算されているっ!と感動する一方で「おうえぇぇえ」と吐き気を催していた中の人でした。そして脱落へ・・・。
オタクでもちゃんと自分を主人公に置いて少女マンガを楽しめる方がいらっしゃるんですが、どうやら友達と私はアウトだったようで「そんなリアルで見てきたこと漫画にされても嬉しくない」って感じたようです。わざとリアル寄りにしてくださっているのに何事かと、本末転倒な感想を持ったのです。やっぱりオタクは漫画やアニメのキャラクターは外側から眺めていたい、つーか萌えていたいって感じなので、リアルの微妙な出来事を彷彿とさせられるとアレルギー反応が起こるようでした。というわけで「フィクションではおっぱいなんてうっかり揉んでおく」くらいでいい。という結論に。お粗末様でした。


●まどマギにおける「さやかエピソードのグロさ」
次にまどか映画を見ていて「さやかちゃんエピソードだけなんか見てて痛々しさがすごいのは何でだろう」と思い考えたことを書きます。上記でグロいグロい連呼しているのはこれのためだったのでした。さやかちゃんて、テレビシリーズの時から他の魔法少女より「これは痛い」と思わせる人間らしい等身大のキャラクターでした。人間離れしていないというか、良い意味でも悪い意味でも小物っぽいというか。ネタコラでも「可愛い子だと思った?残念、さやかちゃんでした!」とか採用されていて、「いや別に普通に可愛いじゃん」と思わず突っ込んでしまったり。しかしながらキャラクターグッズ的に、なんか人気ないのかな?と思われる報告はネット上にいくつかあり、「まあ確かに痛いエピソードの末魔女化してしまうもんなあ」と納得できる役割を担っているなと思いました。
そこで「シロクマの屑籠」さんにあった記事が非常に参考になります。

・「なんで、さやかの十六茶だけ売れ残っているんだろう?」(シロクマの屑籠さんより)
 http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20120210/p1

「さやかちゃんはまどマギメインターゲットである男性オタクの所有欲を満たさないキャラである」っていうのが、おおーなるほど!と思いました。マミさんは(何も知らないまま死ねたというラッキーもあり)模範的な孤高の魔法少女、ほむほむはまどか一筋ストイック系偏執友情魔法少女、杏子は最初ちょっといやな奴だけど、心中してくれる優しい聖女かつ魔法少女、まどかは女神様、と、皆異様に人間離れした精神を持って視聴者の前に立つのですが、さやかちゃんは最後の最後まで人間離れしない、「恋と友情に悩む中学生」として魔女化してしまう。しかも内面だけは恋する立派な乙女なわけです。ただしその恋の相手は視聴者ではなく、恭介くんといういわばモブなのでもうそれだけで所有欲を満たさないいわば非処女のイメージがつきまとってしまった・・・ということですね。そのため所有しててもなんか楽しくないキャラになったっぽい。上記した「好きっていいなよ。」とは形は違いますがこれも一種の女のグロさ(かなり上位)に位置する問題なんじゃないかなーと。中学生女子が恋して告白できず失敗するって当たり前にあるエピソードだし、女から見ると「確かに恭介くんのために衝動的に魔法少女になることを選ぶかもなあ」となんとなく理解できることなんですが、それがモブ男のためであるっていうのがアウト、むしろまどかマギカのような「メインは女の子だけ」みたいな世界なら、そもそも「異性恋愛のため」に人生を捧げるというのはちょっと異質に見えてしまうのかもしれません。だからオタクとして見ていると「さやかちゃんのエピソードはリアル寄りでグロいでござる」と感じてしまうのかも。リアル女の視点というか冷静に考えれば、杏子の願いである「家族のため」ならまだしも、ほむほむのように「(相手はどう思ってるんだかわからないけど)私の大事な友達のため」っていう理由のほうが「えええ、マジかよ(別に結婚相手でもないじゃん)」って思うんですけどね。でもそのくらい純粋でありえなくて性的な匂いのしないストイックな願いを持っている少女のほうが、所有欲は満たされるかもっていうのは非常に良くわかります。愛でて消費するキャラクターは異性恋愛の匂いがしちゃだめ!なんでしょうね。なるほど納得なのです。

●マギのアリババには萌えられる、やっぱり厨二こじらせ少女マンガ系オタク
マギの4話見ましたかー!私は1週間遅れなので3話をやっと見ました!すみません、違う時間軸の人間で(・・・)
3話ではついに(?)1個目のダンジョンを攻略というわけで、アラジンの秘密が表に出たりモルさんがすごい蹴りかましたり見どころはあったと思うんですが、中の人はナチュラルに「アリババくんがカッコエエです!」と、厨二こじらせオタク女子中学生みたいな感想を持ったのでした。え?だってかっこよくない?労働強いられる平民なのに王族出身をにおわせているんですよ?王族しか読めないなんとか文字が読めるんですよ?「脇が甘い。先生に教えてもらわなかったのか?」とか言えちゃうんですよ?こ、これは確かにキャラ萌えできる。やばい。と思いました。まあキャラ萌えであってカプ萌えではないので温いんですが、ベタだけど厨二系女子中学生(腐女子属性持ち)が喜びそうなスペックだなーえへへと思いました。すみません上辺しか見ていなくて。まだ3話なのでそんな深いところまで説明できませんよねっていう。で、何が良かったってアリババくんが本気出す理由っていうのがダンジョン攻略もそうなんですけどやっぱり友達を心配してっていうのがいいですよね(アラジンの言葉に本気で頷いていた)。あと身分も立場も関係なく、ここでは力が全てだっていうのをちゃんと証明したことがね・・・。と、まあ私はこうやってちゃんとマギアニメを楽しんでいるわけですが、原作との乖離がすでにあるそうで。ちょっと物議を醸しだしているみたいですね。あとEDがこれからのシリアス展開に似合わないからやめろって意見が回っていてすごいうける・・・うけるっていうか、昔はアニメのイメージとか一切関係ない主題歌が多かった時期もあり嫌だけどそんなもんかって感じだったので、こうやって嫌だって言えるようになっただけいい時代になったなーと思います。とりあえずどれくらいアンマッチになるか逆に楽しみになってしまう。
いやー私ももういい歳なんですけど、おそらく10歳若返ってもキャラについては同じ感想持つんじゃないかと思う。つまり子供の頃から成長していない、下手すると感性が育ってないのかなーと思っています。やっぱり男の子は仲間とか夢とか希望とか野望とか自分の誇りを守ってこそで、そっから女の子大事にしてほしいですね優先度低めで。
というのが、多分上記した「愛でて消費するキャラクターは異性恋愛の匂いがしちゃだめ」と同じような感覚でしょうか。

●SAO見てて不安になったこと
2期がはじまりましたね。新しいネトゲはフェアリーの世界なので、なんか可愛いし今度は魔法があってファンタジー度が増して楽しいかもって感じです。で、この作品、見たり見なかったりでいい加減な知識でまたいい加減な違和感を書いてしまうんですが、良いでしょうか。
1期の終盤になると、アスナちゃんとキリトくんの相思相愛がヒートアップして、しまいにはバーチャルセックス・結婚しよう!~私、幸せよbyアスナってトントン拍子に進んでいたんですが、この「結婚しよう」の内容の重さについて2人の見解が一致しているのが謎でした。例えば私がアスナちゃんだとしたら、仮にリアルに戻ったら真っ先にキリト君に会いに行って「結婚するって言ったよね!結婚前提でお付き合いしましょ!」て言うだろうなと思うんですが、逆にキリトくんの立場だったら「あれは状況が状況だし、ネットゲーの中での話なんだけど・・・(アスナのことは好きだけど)」って思ってしまいそうと感じたからです。2人の恋が嘘だとかキリトくんが薄情者だっていう話じゃありません、むしろ命がけのネットゲーの中で2人の絆はちゃんと結ばれてきたのを見ていますし(ぼんやりだけど)、キリトくんがややハーレムアニメ主人公にも関わらずアスナちゃん一筋、でも他の女の子の気持ちにも気づく、気づいた上で断るという大変誠実な子であるというのはわかっているんです。でも誠実だからこそ「結婚しよう」とあっさり言ってしまったことにびっくりしたし(遊びのネットゲならまだしも、命がけだと女の子は勘違いしちゃいそうじゃないですか)アスナちゃんの気持ちの重さに気づいていないんじゃ・・・(アスナちゃんはリアルも込みじゃないのか?)ぞくり。となんか背筋が凍ったのでした。
ネットゲーの世界ですし、いくらバーチャルでセックスしても体はまだ清いままなんですよ。ある意味ものすごい純愛だし徹底した脳内恋愛だーって結構びっくりするんですけど、だからこそ気持ちの重さがズレると大変なことになりそうだなーなどと思ったり。キリト君が高校生じゃなくて生活力ある社会人だったりやり手のデイトレーダーとかだったらリアルでも責任とるのかな。さすがチート主人公やなーと納得できるんですが、彼はまだ高校生、そんなうっかり結婚だなんて言わないで、と糞BBA目線で見てしまいました。「リアルに直結する話はイヤ」とかのたまいつつ、こういう時だけリアル女目線になるのが自分でもなんかアレです。気持ち悪くてすみません。
と、いうかあの2人ってリアルでも結婚するつもりなの?ていうかアスナちゃんに婚約者いるからアスナちゃんも実は冷静にわきまえていたの(それはそれで怖い!)?教えてエロい人!と叫ぶくらいなら原作読んどけ!って言われそうですうわあん!

やー無駄なこと考えながらアニメ見てるっていうのがよく伝わってきますね。

2012.10.26.Fri

厨二作品見てて思ったこと 他


・すべてが黒歴史になる
「Steins;Gate」や「僕は友達が少ない」や「中二病でも恋がしたい!」とか見てて、最近は厨二ものが増えたなーって思いました。厨二ものっていうか厨二を題材に笑いをとってお話しの導入にするというか。それを見させられる視聴者は「あいたたた」ってなるんですけれど、これはつまり視聴者がメタな視点に置かれているってことなんですよね。キャラクターを外から眺めているっていう状態で。お話しによっては視聴者が厨二キャラクタに感情移入して主人公=視聴者になれることもあるんですが、あくまで外側に出されっぱなしということもあります。
すっかり慣れるのが早いオタクなので厨二ものもあんま恥ずかしがらずに見ていられるようになってしまったのですが、慣れてしまうと少し冷静になって「やっぱり厨二病って恥ずかしいものなんだなー」と思ってしまったりします。痛々しい恥ずかしいみっともない、みたいな。いや確かにみっともないし目の前でやられたら全力で止めたくなるもんだとはわかっていますし。私も厨二患者ですがそれをいくらネットで騒いでも、現実に持ち出して行動に移すことはしません。
厨二行為って見ているこっちは恥ずかしいんですけど、やっている本人、キャラクターは全力だし楽しいんですよね。それは現実でも同じだと思う。本人が好きだと思う世界観に身を浸してうっとりするって一番楽しい時間だと思うんですよ。その「楽しい時間」を視聴者が見て「おお、痛い」って感じるっていうのはなんか冷静な世界になったんだなというか、「恥ずかしさに耐えられない」ってことなんだろうかと思いました。
そもそも厨二の元となったファンタジーな魔法の言葉とか、悪役っぽい台詞っていうのは、作り手や視聴者が子供の時とか若い時に見ていた漫画とかゲームとか映画とか小説からきたものですよね。きっとその時は純粋な気持ちでわあ面白い!かっこいい!って感じていてついそれを真似してしまったり真似している子を見て、わあ痛かったなあ俺、わあ痛いかったよなああの子って思ったんですよね。そして、視聴者はもう厨二行為なんてしなくなってしまった。そういうのを見て「痛いな」って思う役割を与えられている。
だから、客観的・冷静な視点で作品を見る時代になったのかなーと思いました。「楽しかった時間」を笑いものにするのは寂しいような、でも「生暖かく思い出せるようになった」「そういうものもあると受容できるようになった」ってことなのかなとも思いますし。良い悪いではないんですけど、ちょっと心に隙間風は吹いた。
厨二病は恥ずかしいですよね。もう大人になったら許されないですし。大人になったらって言うけど、上記したような作品を見ているリアル中二くらいの子は厨二行為なんてもうやらないんでしょうかね。やっていたら笑えないですもんね。いやむしろアニメなんて見ないのかな。アニメ視聴者の高齢化!
ちなみに私は未だに「スレイヤーズ」の「ドラグスレイブ」の魔法の詠唱をそらで言えます・・・。「残酷な天使のテーゼ」もフルサイズ歌詞見ないで歌えます・・・。子供の時に身に着けたものってなかなか消えないですね恥ずかしい!!大人になってもちっとも役に立たないなーほんと。しかしこのレベルくらいの人は多くいるんじゃないでしょうか。「魔術師オーフェン」の呪文とか、「ダイの大冒険」や「るろうに剣心」の必殺技とか真似しませんでしたでしょうか。
しかし、こうも流行ってしまうと大人が厨二してしまう作品とかそのうち出てくるのかなあ?などという妄想もしてみたりするのでした。それはそれで面白いような、視聴者がもっと耐えられなさそうな。


で、アニメの感想
3話超え始めたので、次々と脱落が・・・。

・サイコパス
ぶっちー・・・(苦虫をかみつぶしたような顔)
なんですが、設定といい世界観といい今期一番面白そうですね。かなり色々自動化されている。魔法のコンパクトで着替えさせてくれるとかいいな。通勤とかもきっと楽なんだろうなー(妄想)感動作だそうですが、どうなんでしょうね。

・ロボティクス・ノーツ
まだゲーム1章のところですね。後半面白くなるんだろうか。

・ガールズアンドパンツァー
今期のストライクウィッチーズ枠というか、咲枠みたいな感じなんでしょうか!個性のはっきりした女の子がわんさか出てきてチーム戦!みたいなお話なので、私はすごく好きなようです。なんで少女マンガアニメがダメでこういう話が好きなんでしょうね。女の子が恋愛しないから・・・?恋愛脳なのに・・・?リアリティがないから?少女マンガアニメのほうがよっぽどないような。「ない」の方向性がこっち方面だったということなんでしょうか。女の性格的な暗部が見えず、しかも恋愛しない上、おおよそリアルの女の子じゃ身に着けなさそうな知識(軍隊や麻雀)に溢れているっていう。「ありえなさ」はハーレムアニメのさらに上を行くかもしれない。女の子だけのアニメでも「けいおん!」より好きなのはキャラクターに目標があるからでしょうね。お話しを「追っかける」感があるからなんだと思います。
女性向けにわかりやすく例えると、新テニの女の子版て感じです。新テニが面白いなと思っていたのはこういうのが好きだからでしょうか・・・。
※パンツアニメではないです
2012.10.01.Mon

原稿あけとオタクの承認欲求

あれ一週間たっている・・・
というわけでまた久方ぶりでございます。先週何していたっけ。というリアルループものを体験しております。
でも10月になっているからループしていない!よかった!

●原稿あけの喪失感
先日脱稿というものをしまして、原稿が終わりあとは印刷所さんにおまかせーな状態になりました。晴れて自由の身です(謎)原稿あけたらあけたでイベント準備とか書店委託的なさむしんぐが発生するんですが、ま、大きな懸念は大体解消したという状態です。
いや好きでやってんだろイベント出るって決めたの君でしょ、というつっこみは超絶ごもっともなんですけれど、原稿やっている間というのは他のことが大体滞ります。ご覧ください、ここ半年のわたしのゲーム投げっぷりを(笑)あんなにまじめにコンプしていた私はどこへ・・・という感じです。というのもゲームしてても原稿気になってあんま集中できないから、シュタゲだーりんみたいな楽なゲームしかできなくなるというわけなのです。で、今年のイベントは次出るので終わりになるので、原稿生活から見事脱出、ただのゲーム乞食にもどります。もどれるよう今は一生懸命ゲームをしているというわけです。なんだこれ意味不明だな
原稿中というのはずっと原稿しておりまして、原稿気になって大体寝不足になるくらいなので、頭の中の90パーセントは原稿のことになります(もちろんならない方もいます)。そうなると今まで占めていた90パーセントのことがスポっとなくなるので、入れている側としては、なくなった瞬間ものすごい喪失感というのも味わいます。昨日の昨日までえんえんと受けと攻めのことについてひたすら思いを馳せて人の話もまともに聞いていられないくらいだったのに(おい)それがなくなってしまうんです・・・。なんという・・・なんという喪失感!やだ寂しい!ってなるのは私だけでしょうか。この寂しさに耐えかねて人はまた原稿を始めるんだろうか、などと考えておりまして。とは言ってもまた原稿しない生活すればそれが普通になっていくので、割とどうでもいい戯言でした。ちゃんちゃん

●第四次聖杯戦争展
行っていました。で、平日にも関わらずたくさんの女性客(!)でにぎわっていました。にぎわいすぎててゆっくり見るのは困難だったんですけど、キャスター役の鶴岡さんのトークショーが聞けたので、元はとれたかな、という感じです(ハイタッチもしてもらえたよ!いやあ背のおっきい方でした)。鶴岡さんは作品愛やキャラクタ愛がすごいです。fateってキャラクタ数も多く設定も難しいのでぼうっと見ていられない作品だと思うんですけど、かなり理解が深いなという感じでした。あと石田彰と仲良いなって感じでした(笑)
食堂とか物販もあったんですが疲れてしまってパスしました(根性ない)。短い期間でやるので、展示はともかく食堂と物販はある程度の待ち時間は考慮して参加されたほうがいいやもしれませんです。

●スマガ
面白いです。でも長いです。今はおそらく2週目に入っています。
1週目が終わると、端的に言うとプレイヤは「神の視点」扱いされ、1週目にはなかった主人公のボイス(阿部敦に似た声)が入ります(強烈な追い出され感)。阿部敦に似た声が喘ぐのかどうか、大変興味深いです。

●ジャンル移動の可視化から考える、オタクの承認欲求の強さ
マギの特番から1時間程度、黒バスからマギへの腐女子の移動についての揶揄についてツイートが飛び交いましたが・・・。なかなか面白くてずっと見ていました。いやあTwitterはビッグなデータだなあ。この瞬間的な炎上はだんだん芸術にも見えてくるからなんかやばい。
この大人数ジャンル移動による炎上って、もう渦中にいる人でさえ「またかよ・・・」って思うくらい、季節の行事みたいになっておりまして、あと3年くらいたったら当たり前になって話題にものぼらなくなるのかなと思うんですが、今は目に見えて起こっているせいで、ストレスになっている人もいるんじゃないかなという妄想。
で、不満の内容を見てみると、大体こんな感じ。

・アニメ化するとにわかが大移動してきてジャンルが荒らされる(今までなかったのにジャンルとしてマナーがいきなり問われたりする)のが、古参にとっては苦痛
・元ジャンルが好きな人は、大移動されると一気に人が減ってしまい寂しいうえ捨てられた気分になる

で、その原因となっている感情はこれかなと思うわけです。妄想ですけど。

・っていうか〇〇好きすぎるとか〇〇厨とか自分達で言ってたのに、もう変えるとか何なの!?
・私は本気でこのジャンル好きなのに!ひどい!

作品愛とかキャラ愛を軸にジャンルとかクラスタに所属していると好きを主張をしていると認識されるんですけど、そこが食い違うことで気持ちのすれ違いが起こるんだろうかなと考えました。インターネット、特にTwitterというのは使い方はそれぞれ違うんですがオタクというかアニメゲーム漫画ファンが交流として使う場合、やっぱり同じジャンルが好きな者同士がつながることが多いわけで。そこで一種共同体みたいな仲間意識が芽生えるため、それが引き金となってトラブルの原因になるのかな(トラブルっていうか・・・なんか大きな波?)。
というわけで、ここまでくると好きを主張するのもややリスキーな世界になってきているような気がするのは、気のせいでしょうかね。私も萌え豚なので萌えている時だけは元気なんですけど、それで本気愛とか〇〇厨とか言い過ぎるとジャンル移動したときやっぱり気まずいと思うので、あんま一生懸命主張はしないほうが安全かなーと、今回のことで思ってしまいました。オタク生活長い人やジャンル移動前提で活動している同人者なんかは、最初から「期間限定アカウント」をわざわざ立てたりして、自衛早いなーって感じがしますね。なんとなくトラブル慣れしてる感じが伝わってきます。
ま、でも萌えっていうコントロールしがたい感情が原因で起こっていることなので、なんというか、皆悪気なく(意図や狙いはあるかもなんですが)やっていることなんですけど、これだけ盛り上がってしまうともはや年中行事つまりお祭りみたいなもんなのかなーと思います。なんかもう見ていて純粋に面白い。
で、実はこっからが本題で、何で〇〇好きすぎるとか〇〇厨とか、自分で、自ら主張しちゃうのかなーっていうことについて考えました。インターネット世界でそこまで主張しなきゃなんない理由は何かなと。
交流している方なら、皆さんもあると思うんですよ。私はブロガーですとかネットウォッチャーですとか絵描きです文字書きですニコ生主ですって、何かしら自分を選別するためのゆるい肩書みたいのを持っていると思います。インターネットを見ているだけならば別に必要ないと思うんですけど、交流しようとしたりすると、そういうゆるい肩書で認識してもらうのがある意味楽だったり、快感だったりする。ブログだって見てもらわなければむなしいですし、頑張って絵描いたら見てって言いたいですよね。寂しいもん。そういうのの表れもあるのかなと思いました。
それで特に一番わかりやすのが、「このジャンル好き」っていう主張です。特に何か活動していなくても、これがわかるだけで、かなり話しかけやすいですし、仲間も探しやすいですし、お互い話す話題に困らないですよね。仲良くなるのも早い。
つまり、インターネットのオタク世界は、承認欲求が可視化された世界なのだなと思いました。顔を隠したままで、自分のことを知ってもらいたいわかってもらいたい仲間に入れてもらいたい。でも、私を私ってちゃんと認識してほしいっていう欲求の表れが自称〇〇の原因かなーというのが今回の妄想です。
私もブログでこうやってだらだら垂れ流すだけじゃあきたらずTwitterやりーの同人やりーので、相当承認欲求が強いのだなと思います。あちこちで認めてもらわないと、生きていけないってことなんかな。
余談なんですけどTwitterのリツイートという機能はすごい罪作りですよね。自分の言葉じゃなくても自分の気持ちに沿う部分があるとついリツイートしたくなって、それがウイルスのように広がっていく様子はまるで波のよう。やがて大きい波になってたくさんの人を巻き込む様は、なんだかきれいだな、って思いました。見ている分には。
あ、ちなみに私はマギの特番は見ておりません。元々バラエティって見ている側が同調圧力を見守っていなきゃいけない上、芸能人に紹介されるのはあんま受け止めきれない感じがしたためです。
2012.09.06.Thu

ネット上における声優さんの活動について

気温が30度くらいになるとなんかちょう涼しい!これが体感温度ってやつか。地球に開発・調教されているっていうかやっぱりなんだかんだ適応してきてしまっているんでしょうか。気温上昇のスピードが速すぎてむりー!このままだと人類が衰退する!って思っていたけれど、にんげんさん、まだまだ現役なのです?
人類衰退せんでも私は衰退しそうですよショボボ


ふぁぼランキング(さまざまなめりっとさん)見ていると、本当に一日一日のトレンド・関心事が追えるからすごいわかりやすいし、移り変わっていく様が面白い。これを一か月とか三か月とかごとに経年で見て体系化していったら何が見えるのかなー移り気の早さかなー(笑)Twitterのそういうスピードの速さは面白いし好きなんですよね。あんま疲れない。しばらく見ないと浦島太郎になるのもまた一興。
と、いうわけで昨日今日はガリガリくんコーンポタージュ味が盛大におもちゃにされていたようです。あと尾をひいているのはココロコネクト事件でしょうか。ガリガリ君はともかく(井村屋の登場が吹いた。しかしコンポタは味的にも期間限定的なもので、生き残るための商品ではなさそうですね^^;)ココロコネクトはいろーんな意見があってもはや何がなんだか私はわからなくなってしまいました。でもとりあえず声優さんって相当弱い立場にいるんだなってことは感じました。それは宣伝部長にされた方も作品に出ている人も含めて、なんですけど。

声優さんて今やアニメやゲームの花形で、この人がいるから買おう!とか、購買意欲にさえ反映される要素になってしまい、もはや裏方ではいられなくなりましたよね。声優さん自身が裏方のつもりでも、もうファンが放っておかないっていうか。タレントというかアイドルに仕立てあげて崇拝したくなっちゃうっていうか。いや、そうじゃないアニメゲーム好きも多いと思うんですけど、ライトもヘビーも含めて声優ファンはいるんだなあと思っています。
声優さん自身も、個人名義で歌うたったり本出したり握手会したり、もう芸能活動ですよね。キャラじゃなくて私自身を僕自身を好きになってねって言ってて、ファンもそれに応えている。で、そういうのに憧れて声優志望も増えているんだなっていう動きはもう10年以上前からありましたよね。
もはや声優自身が営業活動というか、個人で発信している、できる状況になってしまった。当然、フリーでなければ事務所のフィルタはかかっているのでその範囲におさまったもんですけれど。
で、知名度の差はあれ声優さんや兼業の俳優さんのブログ回ったりして、なんて人の多い業界なんだろうと、ここ数日うなっていました。
人多すぎだろう、というのが素直な感想でして。アニメ、最近ここで話題にあがっていないんですけどそれなりには見ていまして、キャストの偏りは当たり前なので今更気にもならなくなってしまったんですが、こんなにも声優さんがいるのに表舞台に立てる人は少ないんだなってしみじみ思いました。
また、声優さんもよく舞台に出られているのですが(客演というかたちで)アニメファンを舞台に引きずり込むのは難しいでしょう。観客は声優ファンや純粋に舞台や劇団のファンなんでしょうね。あと俳優さん同士で見に行っているんだろうなーという世界に思えました。ううん濃いコミュニティが形成できそう。

で、声優さんって今は何が大事で、何が仕事に結びつくのかなというのを妄想しました。あくまで妄想です。
ルックスや演技や愛嬌も大事だけど、何より知名度でしょうか。当たり役に恵まれると一気に有名になっていくものだなー。本人にとっても世界が変わるんだろうなあと見ているこっちもショーみたいに思ってしまう。消費してしまうというか。うーん、多分、消費されているんだと思いますよ。
あかほりさとる全書(Amazon)」で「今、Twitterとかブログでやっているファンとのやりとりは、昔は公開録音というかたちですでにやっていた」と書いてあって確かにそうだったよなーとは思うんですけれど、でもやっぱりレスポンスの早さは比じゃないんですよ。ゲームが発売して、アニメが放送されて、イベントが実施されれば、メッセージが声優の元に直で届く、それが良いものであれ悪いものであれ、直接ぶつけられるんですよね。手紙にしたためたりメールで推敲する前に、短い文章で、興奮したまま。
という認識であってるのかな?もちろんネットに出てこない声優さんもいるので、全部が全部そうではないんですが、何かしら理由があってネットに出てきている人ならばそうかなーと。
いつかも書いたけど、これ好き!っていう衝動的な熱があって、さらにツールの力で楽に伝えられないと感想なんてなかなか伝えられないですよね。形式を守ってメールにするのも手間がかかるし、手紙書くならまずレターセットと切手が必要だし。そういう意味ではネットがあって楽に感想つたえらえれる世の中になって良かったなと思う反面、自分の感想が埋もれていくのも見えるし、受け手にもマイナスの感情が精査されずに伝わるから、ほんと良し悪しになってるなーというのか、感想です。
Togetterも相変わらず見ているんですけれど、いわゆる平行線の主張のし合いのやりとりは、もう見れなくなってしまいましたね。おたがい譲れないものがあるってのはいいけれど、それが可視化されたいざこざになるというのもすごいというか、見ているほうの体力が削られるものなんだと実感しました。フラットな意見のやりとりになればいいけれど、大体は白熱した潰しあいみたいになるので、よっぽどうまくやる自信がなければTwitterで意見交換というのはとても難しいのでしょう。いやツールだけのせいにしていいかは謎なんですが、とりあえず今は明言できないのでいいかな。
また話が流れてきてしまった。あああごめんなさい
ええと、とりあえず、ネットに声優さんが出てくると上手くいけば知名度アップするしレスポンスが返ってきてモチベーションが上がるし仕事の獲得にも繋がるけれど、炎上すると心を折られかねないし矢面に立たされていい攻撃対象になってしまうので、もちょっと守ってもらえるようにすればいいのになーと思う訳です。でも、できないから今回みたいなことになったのかな。
ファンの感情に訴えかけられるのは声優さんだし、今回はまた今をときめくような人々が取り沙汰されて、熱狂的に応援している方は距離とればいいのか擁護すればいいのか立場が分かれるところなんでしょうね。またちょっとよそで調べてみたんですが、「〇〇さんの印象が悪くなった」という意見もあれば「印象が悪くなるのが耐えられないから、そもそも情報を見たくない」という方もいらしたので(これはかなり心に食い込んでいますよね)、多かれ少なかれ動揺を誘ったみたいです。やはりオタクというかアニメが好きな人は幻想が見たい欲求が強いので(漏れなく私もですが)、ある意味繊細かつ敏感に反応してもおかしくないよなあと。

声優さんてキャラは演じるけれど、その人なりのパーソナリティに重ねられたら大変だし、でも印象の良さでファンを獲得しないといけないし、それが作品の売上というか注目度にさえつながってしまう。だから、「選り好み」されて特定の人しか採用されなくなるんだろうかなー。
人から愛されなければならない職業って、たいっへん・・・!これは本当に心底思います。他人からの愛情が仕事につながるって当たり前ですけれど芸能活動になると露骨すぎるし割り切れなくなるもんなー。知名度が低い時には仕事選べないし、「俺はこうだから、だめならば別に嫌われてもいい!」とは言いにくいでしょう。某有名声優さんは仰っていたけれど、あなたは有名だから確かに問題ないね!って感じです。ええと、あの、脱サラの方。
ネットで作り手の顔や嗜好がわかるようになってしまってから、作品にもそれがつきまとって素直に見れなくなり・・・ました?どうでしょう、どこまでオープンにしているかにもよりますけれど。
私は私自身をどうやらコンテンツ化しているようで、おかげさまでこのブログも順調に見て頂けている状態のようなんですけど、どうだろう、ある日突然方針が変わったり、交流するために横のつながりとかオープンにし始めたら、また印象が変わるんでしょうね。あと、一度でいいからニコ生とかやってみたいなー(顔は出さないで)って思ったことはありますやるとしたら題材はADVゲーム・・・なのかなあ。
最後すごいどうでもいい自分語りで終わったな。なんかやっぱり自分語りで終わると文章が一気に痛々しくなりますね。うーんやめたほうがいいのかなあ・・・。
2012.08.28.Tue

夏のおわり

カレンダー的にそろそろ夏が終わる。信じられんです。今年めっさ早い。体感速度が去年の倍速ですね。理由は簡単で、リアルタイムで展開おっかけている作品があって、同人やっているからなんですけど。そういうのがあると、2週間とか1か月とか半年ごとに節目が出来てしまって、それまでに〇〇しなきゃってタスクで動くので、動いている間ってそれなりに大変なはずなんですけど、気づいたら終わらせてて節目が過ぎていた、ってなっています。これって何現象っていうんでしょうねふしぎ。締切脳?しかしあれだ、ほんとうに生きていくうえで全く必要のないことで馬力を発揮して体感速度を増加させていてすげえな・・・て我ながら思います。パワーバランス狂っているのか、パラメータの振り分けを一体どこで間違えてしまったのか。そもそも正しいとは何なのかっていうのをまた無駄に考えている。

・シュタゲだーりんやっている
重い作品ができそうにないので、簡単そうなシュタゲFDやっています。安心感あるし。今のところ萌郁が終わってああよかったねー幸せだね(本編では不幸代表みたいな感じだったけど)って話だったんですけど、なんででしょう、ちょっと喪失感があるのは(笑)シュタゲはキャラ萌えよりストーリーの面白さ、あのぎりぎりまで追いつめられて、でも最後は助かるって部分を愛している作品なので、多分、なんか物足りないってだけなんでしょうね。消費者わがままです。
今はBLルート(るか子)やっています。何なんでしょう、やっぱりすごくBLに見えますね。いや、見た目は美少女なんですけど。るか子がオカリン好きな理由ってやっぱり「お前はお前なんだから堂々としていろ!」って肯定されたことがきっかけなんですよ。同性愛の鉄板なBLメッセージ。私が最近エントリで力説しているポイントにどんぴしゃりなので、いいなあとは思うんですが。シュタゲは女性もプレイした方多いと思うんですが、やっぱりメインターゲットは男性だと思うので、こういうの見てて気持ちいいのかな?と疑問でもあったりします。あと、BLに興味ない女性もこれ楽しいのか?とも疑問で・・・。
萌えって難しくて、おそらくちょっとでも性に合わない部分があると、すぐに冷めてしまうっていう弱さもあると思うんですよね。逆に気にならなくなるくらい強い萌えもあると思うんですけど。なので、そういうの考えると難しいかなあと。特に性別に関することってもう生理的なもんなんですよね。本能に直結する好き嫌いも萌えに影響すると思うので、気持ちだけでカバーするのは難しい気が。
なんかごちゃってきました。なのでこれ萌えるんだろうかという心配を抱えつつ、まだ冒頭です。

・わたしが知らないスゴ同人誌は、きっとあなたが読んでいる
「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」から拝借しましたすみません・・・。これは本当だなあと思います。先日また友達と同人誌品評会したんですけれど、友達の持っている同人誌がすごい萌えて驚きましたね。偶然というかその日のめぐり合わせでイレギュラーに手に入れたものだったんですが、読ませてもらっておわった途端「この本すごい萌えるねっ」って素で言ってしまった。へんな話、私だったら絶対に巡り合えなっただろうなということに確信が持てるので、やっぱり「わたしが知らないスゴ同人誌は、きっとあなたが読んでいる」なんだと思いました。
ジャンルものだったんですけど、J Garden(創作BL)にあっておかしくないような内容でした。

・そういう私は、金に糸目をつけないという方法をとった
昔、友人が「手に入れたい同人誌をすべて手に入れるというのをやった。お金はなくなったがとても楽しかった」って言ってて、オークションとか使うとそらすごい値段になるので自分にはそんなんできないわーとか思っていたんですが、なんとなく今はそれに近いことをしている?のかなあと。捌けた在庫の隙間に入れた同人誌の山を眺めておもっている。確かに我慢しないって楽しい。もちろん合うもの合わないものあるんですけれど、その場で我慢しなかっただけ気持ちがいいもんですね。あれこれってもしかして依存症の一歩では・・・という恐怖もありますけれど。もうちょい買うかなー。ちなみに今年バーゲンには行っておりません。買い物は春に済ませたんです!という言い訳。

・お前同人誌の話ばっかしてんな
すみません・・・。そういう時期のようです。ふつうの本と違ってむつかしい所は「これでーす!」って言えないことですかね(笑)いや、通販のページでも貼ればいいんですけれど。amazonと違うし。なので、書いている私はこれって思って書いているんですけど、読んでくださっている方にとっては何のこっちゃなのだろうなあすみませんという感じです。

・あなたの正義は生きていますか
なんかtwitterにも流したからこっちにも書きますね。
はるかぜちゃん騒動をちょろっと眺めて思ったんですが、今回の件はさすがの彼女もやっぱり疲れたというか、「そのまま」でいるほうが自分のためにならないと気づいてしまったのだなーと、ちょっと残念に思いました。それでもまだ我を通せるってなると、コンテンツとして非常に面白くて消費できそうだなと思っていたので。
抽象的に表現すると今回の件て「自分の正義を(周囲から反感をかっても)貫き通せるか」ってことが問われていたんですよね。で、彼女はすごいまっすぐな正義を持っていたけれど、良くも悪くも周囲の声の大きさにやられてしまった、ということなんだと思います。
正義って誰にでもあると思います。ものすごいささいなことでも主張がぶつかるシーンというのはあって、それを繰り返して人と関わっていっているんだろうなと。生きているなら、避けられないですよね。で、やっぱり正義というのは守るべきもので、守りたいもので、守れると、とても気持ちがいいし、逆に守れないと自分の正義に絶望してしまったり、もう正義を諦めてしまうことだってある。その思いが強ければ強いほど、自分の正義ってまず自分を傷つけるものだと思うんですよ。「Fate/zero」なんかはもろにこれを語っている作品でしたね。あれは大人の心を傷つけるいい作品でした。逆に正義が報われる作品てみていて気持ちがいいですよね。リフレッシュしたいなら、好きなキャラの正義が報われる作品を見るべきだなあと思います。かわいそう萌えっていうのもあるんですけれど。
私もここに来る前までは、「こうしたい」「こうしたほうが誠実だ」「こうしたほうが正しい」ってそれなりにあったんですけれど、色々あって疲れてもういいやってなって、今に至ります(笑)まあ、もういいやで終わらせられる正義だったってことなのかと思うんですが、疲れた自分に気づいた時というのはそれなりに絶望して、まどかマギカに例えると魔女化したような状態でした。今はだいぶ、魔法少女・・・なわけはなく、むしろインキュベーターみたいになっちゃいましたけど(但し営業の下手な)で、それからそこそこ元気になってまた正義を貫き通せるかと言われればかなり難しく、もう恐怖心が先に立っちゃって「やれそうなら」ってところに留まっています。
自分の正義を通そうとしたところで、良い結果が返ってこなかったからですね。
そうなるともう、そこで頑張っても割に合わないなーということで、他の道がないものかと正義をすり替えていく方法に逃げてしまうのです。
そういうのもあって、正義が報われるご都合主義なアニメ漫画ゲームが好きで、今も「わー良かったね」みたいな同人誌読んでおおよろこびしています。萌えがあるとすごいですよ、それだけでなんか泣きそうになる。私はよく客観的とか冷静とか言われるんですが、全くそのような要素はなくてしょっちゅう泣いたり怒ったりしている気がします・・・。まあそれはいい。
そういう訳で、皆さんの正義はまだ生きていますか、という問いかけ・・・は別にしないんですけど(しないのかよ)高潔すぎるとぽっきり折れるよなーということで、なかなか現実で叶えるのは難しいと思っている人が多いのではないかと。
日々、自分の正義をだまして、上辺を取り繕ってしまうと、それはそれで細かい傷がついていくんですよね。少しずつグリーフシードが濁っていくように。行く先は魔女化、なんですけれど、現実では魔女化したあとも朝はくるんですよね。いや、死なないだけマシなんですけど。正しくは死ぬ勇気がないってだけなんですけど。
twitterに書いた時よりだいぶやわらかい表現というか抽象表現に逃げましたね・・・。うーんあれはやはり吐き出しツールだなあ。
というわけでそういう基盤の部分は同人者の私と機能を共通化させているので、自分でいうのもあれですがわたしが考えるおはなしというのは、とても爽快感溢れる結末を迎えていることが多いです。さすがにそれだけじゃまずいかなと最近焦ってはいますが。
そんなこんなで、身近に高潔な魂を持っている人を見ると心配するようになります。しかし考えを変えさせる力も持ってないし、もしかしたらいい結果が返ってくるかもしれないし、タイミングが悪ければ助けることもできないので、眺めているしかできないという。
物語だったら、どんな事情もかなぐり捨てて助けに行かすんだけどなあ。

あ、どうでもいいですけど今回の話に出てきた友人・知人はぜんぶ違う人のことです。狭い交友関係でも、皆さんあまり似ていないなあとなんとなく思ったり。いろんな人のいろんな人生の話が好きです。
なんか思いついたことをまた適当に書いてしまった!こんなエントリで大丈夫か。

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